帳簿の世界史
◇◆第908回◆◇
![]() | 帳簿の世界史 (文春文庫 S 22-1) ジェイコブ・ソール 村井 章子 文藝春秋 2018-04-10 by G-Tools |
◆世界史の影に複式簿記あり
複式簿記を用いた会計技術が世界史にどのような影響を与えたのかを論じています。歴史というと、人物中心というか、英雄史観とでもいえばいいような歴史が多いです。アレクサンダー大王が、チンギスハンが、ナポレオンがという具合の歴史です。しかし、歴史を動かすうえで個人の力と同様か、それ以上に大きいのが品物であったりシステムであったりします。学校ではそういう視点をまず教わりません。
◆複式簿記とは何か
著者は歴史学と会計学を専門とする南カリフォルニア大学の教授です。簿記には単式簿記と複式簿記があります。単式簿記は収支を単純に記録していくものです。家計簿やお小遣い帳の類はこれです。一方、複式簿記は会社の決算報告に用いられています。
複式簿記では、ひとつの取引における取引金額を、取引の原因と結果の観点から借方と貸方に振り分け、それぞれ同一金額を記録します。手順としては複雑になりますが、資金の収支に限らず全体的な財産の状態と損益の状態を把握できるという利点があります。今日単に簿記といえば複式簿記を意味します。
◆複式簿記の発明と発展
帳簿の歴史は古く、古代ギリシャやローマにおいてすでに会計の萌芽がありました。しかし、不正に満ちていたのも事実です。その後、14世紀のイタリアの都市国家を経て複式簿記が発展していきました。背景には教会法で貸金業を禁止され、最後の審判におびえる銀行家や商人たちの心理がありました。
フィレンツェを支配したメディチ家を支えていたのはこの会計技術でした。しかし、新プラトン主義によるエリート主義の流行とともに、会計が軽んじられていきます。16世紀に入っても会計への偏見は根強く、植民地経営に悩むスペインは会計改革に乗り出したものの、成功せずに没落の道をたどります。
◆各国の興亡の影に会計技術あり
新興国オランダの繁栄の元には会計技術がありました。フランスの太陽王ルイ14を支えたのは会計顧問のコルベールでした。しかし、やがてルイ14世は会計を真正面から見ることを嫌うようになります。ベルサイユ宮殿の造営、巨額の戦費による債務など、自分の失政を目の当たりにすることになるからです。これが将来のフランス革命の導火線に火をつける結果になりました。
イギリスの首相ウォルポールはイギリスの財政危機を救いますが、その権力の基盤は秘密会計による裏金工作によるものでした。現在も名門として残る陶磁器メーカーのウェッジウッドは、帳簿の分析による原価計算を緻密におこなって繁栄への道を切り開きます。
ルイ16世の財務長官となったネッケルは国家財政を白日の下にさらしました。それによってあまりにも不公平な予算配分を知った国民は怒り、フランス革命が起きたのです。
◆会計の力を信じたアメリカ建国の父たち
「権力とは財布を握っていることだ」と述べたハミルトン、複式簿記を郵便会計に導入したフランクリンなど、彼らは会計の力を知り、それを国つくりに生かしていきました。やがて鉄道が登場し、会計技術は複雑化して、その専門家である公認会計士が誕生します。
複式簿記は思想や科学にも影響を与えました。ダーウィンの進化論には会計の影響が見て取れ、ヒトラーは会計を忌避しました。
◆経済破綻を組み込んだ金融システム
複雑になった会計システムはもはや専門教育を受けた人にしか取り扱えなくなっています。その中で多くの大手会計事務所が誕生しました。そして、彼らは知りえた財務諸表をもとにコンサルティング業務を開始します。ここには構造的矛盾があり、それがリーマン・ショックへとつながりました。
お金の流れを目に見えるようにするための会計システムは、世界に秩序をもたらす善の面と腐敗の温床になる悪の面を持っています。これらはコインの裏表のようなものです。これらが何度も表や裏を見せることによって歴史はそのたびに大きく動いてきました。これからもきっとそれは続くはずです。
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