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2014年7月 3日

浅田真央、20歳への階段

◇◆第866回◆◇

4163738002浅田真央、20歳への階段
宇都宮 直子
文藝春秋 2011-03-15

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09-11シーズンの浅田真央
バンクーバー五輪をはさんだ2009年から2011年にかけての浅田真央を追っています。バンクーバーで銀メダルを獲得しました。しかし、そこに至るシーズンの前半、彼女は不調でした。初戦のフランスでは三位、次のロシアでは五位に終わり、GPFへの出場を逃します。このシーズンのSPは『仮面舞踏会』、フリーは『鐘』でした。『鐘』は非常に難しく、さすがの浅田真央もロシアの後は、「できるんだろうか」と悲観的になっています。トリノ五輪シーズンに彗星のように登場し、前年までは文句なしの大活躍でした。それが、バンクーバー五輪のシーズンになって不調に苦しむようになるとは、皮肉なことでした。

オリンピックの出場枠三つのうち、全日本選手権の段階ですでに安藤美姫が確定していました。浅田真央はワンチャンスを活かし、全日本の優勝によってオリンピックへの出場権を獲得します。バンクーバーで、SPは完璧でした。演技の後、氷の上でぴょんぴょんと飛び上がって喜びを表現する彼女の姿が残っています。しかし、フリーでは後半にエッジが氷の溝にひっかかるという不運からミスが出ました。

演技を終えてインタビューに現れた彼女は「あっという間に終わってしまいました」といったきり、しばらく涙で言葉になりませんでした。本書の中ではひとことも触れられていませんが、このころお母さんの病状はしだいに深刻なものになりつつあったのではないでしょうか。次のオリンピックには、お母さんはいないかもしれない、その思いが涙の背後にあったのではないか、と思います。

著者は浅田家を家族ぐるみで知っていましたから、お母さんの病状もある程度知っていたはずです。このシリーズの初期にはよく登場したお母さんの姿が、本書ではほとんど見られません。浅田真央がそれだけ成長したということもあるでしょうが、今この本を読むと、当時の背景がいろいろ思い浮かべられます。

本書の後半には30ページに渡って、オリンピックシーズンの様子が浅田真央自身の言葉で語られています。オリンピックでの悔しさと喜び、世界選手権での喜び…。もしトリノのフリーがバンクーバーでできていたなら、あんなに悔しくはなかった、と語ります。今年、さいたまでのショートがソチでできていたら…、その場面が重なります。しかし、人生とはそういうものなのだな、と思います。

第四章は2010-11年シーズンの全日本選手権までが描かれています。バンクーバーが終わったあと、彼女は即座にジャンプの矯正に取り組み始めます。その途上で始まったこのシーズンは惨敗からスタートします。NHK杯でまるでジャンプが決まらず自己最低の八位。この大会で村上佳菜子は三位に入り、見事なシニアデビューを果たします。それを見ながら、著者はデビュー当時の浅田真央を思い出すのです。

15歳のあのころのように無邪気で楽しそうに、喜びにあふれて滑り続けられたらどんなによかっただろう、と。けれども浅田真央は20歳になり、大人として違う道を歩んでいます。成長を目指す以上、同じところにとどまってはおられず、険しい道をあえぎながら登っていかなくてはなりません。彼女は全日本選手権でシーズンベストを更新し、二位に入って世界選手権への出場権を得ます。しかし、この先にさらに試練がいくつも待ち受けていたことを今の私たちは知っています。

優れたアスリートの歩みに人々が熱狂的な声援を送るのは、そこに「英雄の旅」を見るからではないか、と思います。神話世界の英雄は、旅に出て苦難の道程を経て何かを得、元の世界へそれをもたらします。それはその世界にとってとても大切なものなのです。---浅田真央はいつも挑戦者であった。選手である限り、それは変わらないだろう。おそらく、ずっとそうあり続けるに違いない。---浅田真央の「英雄の旅」を見守ってきた著者は、シリーズをこの言葉でしめくくっています。


浅田真央、20歳への階段
浅田真央、20歳への階段
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