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2014年5月21日

DNAでたどる日本人10万年の旅

◇◆第862回◆◇

4812207533DNAでたどる日本人10万年の旅―多様なヒト・言語・文化はどこから来たのか?
崎谷 満
昭和堂 2008-01

by G-Tools

DNA多型分析が明らかにした日本人の多様性
現生人類は、アフリカに誕生し、その後世界に広がっていきました。人類の移動の歴史を追跡する手段として、Y染色体のDNA多型分析がきわめて有効であることが近年あきらかになっています。本書は日本人の祖先がいつどこからどのようにこの列島にたどりついたのかを考察するとともに、日本人の世界的にみても珍しいDNAの多様性について述べています。

Y染色体は大きくAからRまでの18の系統に分けることができます。このうち、AとBの系統についてはアフリカに固有のものです。残るC系統(出アフリカの第一グループ)、DE系統(出アフリカの第二グループ)、FR系統(FからRまでの13系統・出アフリカの第三グループ)がアフリカを出た三つの大きなグループを形作っています。

出アフリカ3グループすべてがそろう日本列島
世界のあらゆる地域において、出アフリカのグループは二系統しか見られません。ところが、日本にはD系統(第二グループ)が最も多く見られるほか、C系統(第一グループ)、N系統・O系統(第三グループ)が現在でも共存しています。これは世界的に見て大変珍しく、なぜ日本列島に遺伝子的には遠く隔たったヒト集団が消滅せずにきたのか、は非常に興味深い現象です。

日本で最も特徴的なのはD系統のひとつであるD2系統が占める割合が高いということです。アイヌでは9割近くがこの系統であり、本州・四国・九州でも3割から4割がこの系統です。D2系統は日本列島のみに特徴的に見られ、東アジアの近隣地域には全く存在しません。これ以外では、C系統(C3、C1)、N系統、O3系統、Q系統はわずかであり、O2系統がある程度の割合で見られます。

これらのことから、日本列島へは後期石器時代にC3系統、Q系統のヒト集団(移動性狩猟文化)が、新石器時代にD2系統(縄文文化)、C1系統(貝文文化)およびN系統のヒト集団が、金属器時代以降にO2b系統・O2a系統のヒト集団(長江文明)、またその他、O3系統(黄河文明と関連)、O1系統(オーストロネシア系)などのヒト集団が渡ってきて、現在までもそれぞれの集団を維持しています。

東アジアの他の地域と日本列島との大きな違い
日本でこのようにDNAの多様性が保たれているのに対し、ユーラシア大陸東部では民族の存亡をかけた凄まじい戦争の歴史が大幅にDNA地図を塗り替えています。この地域でまず最初に広がっていったのはインドから北上したC3系統でした。その後、D系統が東アジアの南北に広がっていた可能性が考えられます。しかし、現在では、C3系統はシベリアの少数民族として残り、D系統は東アジア各地や朝鮮半島では極めて稀になっています。

C3系統、D系統を圧迫して膨張したのがO系統です。中でも黄河文明に起源を持つ漢民族と関連が高いのがO3系統です。他の東アジア地域で生存競争に敗れたこのD2系統とO2b系統が、日本列島で非常に多く存続でき、世界的にも貴重なDNA多様性を保持できた理由については、次のようなことが考えられます。

1)日本列島は温暖で雨が多く、植物相、動物相ともにヒトの生存に好条件。
2)日本列島周囲にはプランクトン豊富な海があり、漁獲によってタンパク源を得ることが出来た。
3)豊かな環境要因が争いがなくても安定的に生存できる環境を提供した。
4)弥生時代以降、ユーラシア大陸の戦争によって難民化したヒトが日本へ渡ってきた。少数の人々が数次に渡り少しずつ移動してきたため、水稲技術や金属器という新技術を持ち込み、先住系の人々と争うことなく平和共存した。

言語、文化の多様性を保つ意義
さまざまなヒト集団がそれぞれ生き延びることによって、日本列島には彼らが持ち込んだ文化や言語も、世界的に見て貴重な文化遺産として現代まで維持されてきました。本書の後半では、日本列島に残されている文化や言語の多様性について考察しています。北海道や琉球列島といった、特異性の高い地域はもちろん、本州・四国・九州といった地域においても多様性は大きなものがありました。

しかし、ここ100年ほどの短い間に日本列島においても言語的文化的多様性が失われつつあります。これは国内では東京文化圏に基礎をもつ中央集権国家による支配、世界的に見れば、欧米の文明圏による支配という二重構造になっています。世界が狭くなり、21世紀は各地で文明の衝突が起きています。日本列島では、さまざまな文明・文化が流れ込んできてそれらが互いに排除することなく、平和共存してきたことがDNA多型分析の結果からうかがえます。

それぞれの集団のホームランドでは祖先のグループは絶えてDNAの痕跡すら残っていない場合があるのに、日本列島では弱者集団、負け組が生き残っています。どのようなヒト集団も存続することを可能にした優しい環境が日本列島にはあったのです。このDNA、文化、言語の多様性の維持は互いの集団が没交渉できたというよりも、ある程度の関わり合いの中で一方が他方を抹殺することなく、助け合ったという状況があったのでしょう。単なる共存ではなく、共生の原理です。

日本列島の多様性維持のもつ意義を世界に向けて発信するには、支配の原理とは異なるオールタナティブな共生の原理を示す必要があります。そこにこの日本列島の歴史が世界の平和と多文化共存に貢献できるチャンスがあります。


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