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2013年11月25日

処女峰アンナプルナ

◇◆第832回◆◇

4635047431処女峰アンナプルナ 最初の8000m峰登頂 (ヤマケイ文庫)
モーリス・エルゾーグ 近藤等
山と渓谷社 2012-06-22

by G-Tools

初の八千メートル峰登頂の記録
1950年6月3日、モーリス・エルゾーグを隊長とするフランス遠征隊はアンナプルナ第1峰(8,091m)の初登頂に成功します。人類初の8,000m峰登頂でした。頂に立ったエルゾーグとルイ・ラシュナルは下山途中に遭難し、凍傷を負って生死の境をさまようことになります。本書はその登頂に向けての描写と遭難、生存をかけた壮絶な脱出行の模様を、エルゾーグが帰還後、凍傷の治療手術を受けながら、口述によって記したものです。登頂したふたりは、あわせて30本の手足の指を凍傷によって失いました。

本書の前半は、登頂に向けてコースを探る記述が続きます。当時のネパールはその直前まで鎖国状態にあり、外国人は容易に近づけませんでした。そのため正確な地図も無く、山がどういう形状をしているのかすら定かではありませんでした。さらにこうした大規模なヒマラヤ登山の場合、通常なら地理的下調べに時間をかけ、数年単位の歳月を要してのち、ようやく登頂に至るというのが常です。エベレストの登頂には最初の遠征隊が出てから30年かかっています。

それにもかかわらず、この遠征隊は初のものであり、なおかつ隊長は当時31歳と若いエルゾーグ、さらにモンスーンの襲来目前という困難な状況の中で行われました。今から60年以上前の登山であり、装備は高所用の特殊なものを用いたとはいえ、現在とは比較にならない素朴なものだったでしょう。著者たちは、いくつかの可能性を探りながら試登を繰り返し、コースを選定しました。

遭難と生存をかけた脱出行
天候、地形、氷河や雪の状態、そういうものを見ながら、高度順応をしつつ、シェルパたちとチームを組んで順々にキャンプの高度をあげていきます。そして、第5キャンプからアタックしたのです。登頂して感動と喜びに浸ったのもつかのま、天候の悪化により、遭難。エルゾーグが下山中に手袋を失くすところは、なぜこれほどのアルピニストがそんな素人のようなことになるのか、と思いますが、高度の影響で思考力も鈍ってしまっているのです。

この遭難以降の描写は過酷です。七千メートルの雪と氷と嵐の中で凍傷の恐怖と闘いながら下山します。第五キャンプには隊員のテレィとレビュファがいて、遭難したふたりを迎えます。ただちに凍傷を予防するための応急処置をとりました。しかし、ここから下のキャンプに下るところがまた非常に困難な状況でした。嵐、なだれ、クレバスそれらの危機の中、彼らは苦闘を続けます。

他のアンナプルナがある
遭難以降の描写は生死紙一重という緊迫感と、負傷して動きのままならないエルゾーグとラシュナルを決して見捨てず、献身的に助けるテレィとレビュファの姿に感嘆します。恐らく、そこで見捨てて体力の残っているものだけが下山するほうがよほど容易だったでしょう。見捨てたところで、仕方なかったと言ってしまえるほどの危険度の高さです。しかし、彼らは決してそうはしませんでした。恐らく逆の立場であったなら、エルゾーグとラシュナルもきっと二人を助けたのでしょう。山に向かう人のつながりの強さ、不屈のあきらめない心、それらがアルピニストでない人にも伝わってきます。

第2キャンプにようやくたどりつき、医師のウドーから手当てを受けるエルゾーグの様子、その後の容態の変転、悪天候の中、アンナプルナ山塊から負傷者をつれての撤退のありさまなど、登頂そのものにも劣らないような緊迫した描写が続きます。このフランス遠征隊の登頂が高く評価されているのは、八千メートル峰の初登頂であると同時に、ひとりの遭難死亡者も出さなかったということでした。アンナプルナは現在でも難しい山であり、八千メートル峰14座のうちでも登山者の死亡率は群を抜いています。

この遠征でエルゾーグは凍傷のために手の指すべてを失います。もうアイガーへは行けないのだと嘆くエルゾーグ。それでも彼は最後に言うのです。「人間の生活には、他のアンナプルナがある」と。


処女峰アンナプルナ 最初の8000m峰登頂 (ヤマケイ文庫)
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