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2013年5月30日

神話と日本人の心

◇◆第804回◆◇

4000233823神話と日本人の心
河合 隼雄
岩波書店 2003-07-19

by G-Tools

日本神話を通してみる日本人の心
日本を代表するユング派心理学者が深層心理学の視点から日本神話の特徴と意味について考察しています。日本神話を著した書物には『古事記』と『日本書紀』があります。わずかに『古事記』の方が古く、成立時の時代背景からか微妙に記述が異なっています。本書は双方を取り上げながらも、より古く原初の形を多く残していると考えられる『古事記』の記述を考察の中心に据えています。

日本神話は多神教の背景を持つ神話です。ギリシャ神話など、世界の神話に似た物語構造を持つものがあり、それを地理的な伝播と考える学者もありますが、心理学者である著者は、人間の心の深層に世界共通のものがある、と考えます。多神教の神話と対照的なユダヤ・キリスト教などの一神教神話も取り上げて、その違いについても論じています。

女性の太陽神
神話というのは、荒唐無稽な与太話というのではなく、ある民族の心の構造の枠組み、感じ方・考え方の基盤を示しています。従って、異なる神話を持つということは、そうしたものが異なっているということを意味します。近代科学はキリスト教を背景にして生まれ、それゆえにキリスト教を基盤にした国が先進国となったのですが、その中で唯一日本はキリスト教がほとんど影響力を持たない国です。

日本神話の第一の特徴は太陽神が女性のアマテラスであるということです。太陽神は世界中のほとんどの神話で最高神であり男性です。アマテラスは国生みの二柱の神、イザナキとイザナミのエピソードの後、イザナキが禊をおこなったときに生まれた三貴子(アマテラス、ツクヨミ、スサノヲ)のひとりです。

中空均衡構造
日本神話の中でアマテラスとスサノヲにはさまざまなエピソードがあります。しかし、ツクヨミには全くお話らしいものがありません。主要な神々とほぼ同じ位置を占めるものとして神話に登場しながら何もしないというのは、奇異なことです。しかし、これはツクヨミだけでなく、神話の最初に登場するアメノミナカヌシ、タカムスヒ、カミムスヒという三柱の神々のうちのアメノミナカヌシにもあてはまります。タカムスヒ、カミムスヒはその後の神話の中で何度も登場し、重要な脇役のような役割を果たします。ところがアメノミナカヌシのことは語られていません。

また天孫降臨の後、天孫ニニギはコノハナサクヤヒメとの間にホデリ、ホスセリ、ホヲリという三子をもうけます。このうちのホデリとホヲリは海幸・山幸のお話で知られています。ところが、ホスセリについて神話は何も語らないのです。

こうした不思議な存在をもつ三神の構造のトライアッドを、著者は「中空均衡構造」と呼び、日本神話の重要な特性であるとしています。日本神話の構造は、中心に無為の神が存在し、その他の神々は部分的な対立や葛藤を互いに感じあいつつも調和的な全体性を形成しているということです。絶対的な力を持つものや完全な善、完全な悪というものは存在せず、常にバランス・調和が優先されます。

中心統合構造との違い
これはユダヤ・キリスト教のような一神教の神話と比較するとその違いがよくわかります。一神教では神は唯一最高の絶対神であり、神の原理に逆らうものは決定的に「悪」とされ、排除されなければなりません。キリスト教文化圏においては、強力な中心が原理と力を持ち、それによって全体が統合されていきます。

神と異なる人間世界では絶対的な善はありえないため、中心とは異なる新しい存在が現れたときにはそこに「対立」が起こり、激烈な場合は革命となって新しい中心が勝利を収めます。それに対し、中空均衡構造の場合は、まず受け入れることから始まります。外からくるものの優位性が極めて高いときは、中心がそれによって統一されるのではないか、という様相を呈しますが、しだいにその中心は周囲に調和的に吸収されていき中心は空にかえるのです。

現代日本人の課題
日本の中空構造は、他からいろいろなものを取りいれ「追いつけ、追い越せ」できている間は非常に有効に機能してきた、といえます。ところが、自らがトップにたって判断、決定する段になると無責任体制の欠陥をさらすことになります。日本人は明治以来その失敗を繰り返してきました。

いま、私たちが課題にすべきことは中空均衡構造と中心統合構造の両立である、と著者は言います。それは口でいうには簡単でも実際には非常に困難な道です。これは両者を無理に「統合」することではなく、そのときの全体状況の中で適切な生き方を選択することです。なぜそのときにそれを選んだのかを説明でき、選択に伴う責任の自覚を持つこと、他方の可能性に対して常に配慮を忘れないこと、です。


神話と日本人の心
神話と日本人の心
河合 隼雄

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