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2012年9月29日

怖い絵3

◇◆第772回◆◇

4255004803怖い絵3
中野 京子
朝日出版社 2009-05-28

by G-Tools

怖くなさそうな絵が実は怖い
怖い絵シリーズを読んで、ほんとうに怖いのは一見すると何も怖くないように見える絵、美しく心地よく見える絵の方です。本書でもボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』やゲインズバラの『アンドリュース夫妻』にその趣があります。よく考えて見ると怖いなあというじんわりした怖さです。

本書の中で私にとって一番印象に残ったのは、エゴン・シーレの『死と乙女』でした。シーレは早熟の天才で、その性と死に題材をとった絵はエキセントリックで赤裸々です。性器描写も多用し、28歳で夭折したということもあり、鋭い感受性を持った悲劇的天才、退屈な大人の常識に抵抗するティーンエイジャーの原型、といった雰囲気で語られがちです。

シーレのイメージと実像の落差
私もそういうイメージで見ていました。ところが、本書の中で描かれる彼の姿は少し違います。露悪的でナルシストというのは、イメージどおりです。そうでなければああいう絵は描けません。「彼はハンサムでおしゃれだった」と著者が書いていることは、残された写真からもわかります。

シーレはヴァリという17歳のモデルを師であるクリムトから紹介され、同棲するようになります。この時代、モデルになる女性は社会の最底辺の出身でした。ヴァリはモデルとしてだけでなく、シーレの身の回りの世話をし、彼が性犯罪容疑で逮捕されたときも見捨てず励まして、シーレを支え続けます。代表作のほとんどはヴァリと同棲中に生まれ、彼にとっての「運命のミューズ」でした。

ところがシーレは芽が出始めたと思ったとたん、新たな目標を持ちます。画壇での地位を確立するために中産階級のそれなりの女性と結婚し、堅実で幸せな家庭を作ろうというものです。そのためにはヴァリは邪魔でした。妻となるエーディトと知り合い、結婚を考えた後、シーレはヴァリに結婚後も年に一度は水入らずでヴァカンスに行こうと持ちかけたといいます。

鈍感で身勝手
妻も子どもも家庭も欲しい、いいなりになる愛人も欲しいというわけです。「彼の驚くべきエゴイズム」と著者は書いています。無神経で鈍感で身勝手。芸術家が素晴らしい人間性に恵まれているとは限りません。それはわかっていますが、彼の絵にあるひりひりするような感受性の瞬きがこのエピソードからは全く感じられません。その辺の落差にがっかりしたというか…。

ヴァリはシーレの虫のいい申し出を拒否し、彼の元を去ります。そのことにシーレは激しく傷つきます。ヴァリの悲しみを見るまでシーレは彼女をを裏切ったという意識さえなかったのではないか、と著者は書いています。だから自分が傷つけた彼女をではなく、傷ついた自分のエゴを『死と乙女』に描いたのです。

ヴァリはこの後従軍看護婦になって23歳で亡くなります。シーレはというと、まさに売れっ子作家の仲間入りを果たし、妻も妊娠した、という得意の絶頂でスペイン風邪によって妻もおなかの子もシーレ自身も命を絶たれます。あまりにあっけなく唐突な最期でした。

ただ、シーレが28歳以降も生きて妻子と堅実な家庭を持ち、社会規範にのっとった大人になっていたら、どんな絵を描いただろう、と思います。彼は28歳を超えては描き続けられない画家だったのではないか、と思えてきます。


怖い絵3
怖い絵3
中野 京子

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