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2012年7月 1日

街場のマンガ論

◇◆第758回◆◇

4778037170街場のマンガ論
内田 樹
小学館 2010-10-04

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マンガを生んだ日本語という言葉
著者はフランス現代思想を専門とする哲学者であり、合気道の達人です。マンガ好きだという著者が自身のブログに綴ったものを一冊にまとめています。読んだことのあるマンガもそうでないものもいろいろありました。興味深く思ったのは、マンガが日本で誕生したことの背景に「日本語」の存在があるということでした。

日本語の特殊性には、漢字とかなという表意文字と表音文字を並列して使っているということがあげられます。日本では識字率というものが話題にもならないほどですが、欧米では今もこれが大きな問題であり続けています。学校へ行っていないというわけではありません。

識字率ほぼ100%の理由
フランスでは、小学校六年生に相当する子どもの35%が、速読では文章の意味を読み取ることができないという調査結果が出ています。おそらくアルファベットなど表音文字のみを使う言語の国は、似たような状況ではないかと想像できます。日本人の識字率が世界で一番高い理由は、漢字とかなという性質の違う文字を混合して使い続けたけたことにあるというのです。これは養老孟司さんの説だそうですが。

それによって文字を読むときに常に脳内の二ヶ所を同時に使います。表意文字である漢字は「図像」として処理され、表音文字のかなは「音声」として認識されます。これを幼いころからずっとやり続けているのです。大人が幼児用の絵本などを見ると、読みにくいと思うことがあります。それは全部ひらかなで書かれていて、表音文字のみで読書処理をしなければならないからでしょう。

マンガをよむのは難しい
マンガはこの表意文字と表音文字をミックスさせて生まれたものだといいます。マンガでは図像と音声が同じコマ内に存在します。図像は漢字であり、吹き出しはかななのです。驚くことに、マンガを欧米人が読みこなすのはそれほど簡単なことではないそうです。

例として、アメコミがあげられています。アメコミも一見マンガと同じように見えます。しかし、決定的な違いは、動きが激しいときは「ふきだし」にはほとんど言葉がなく、登場人物たちが複雑な台詞を述べているときには絵が静止してしまうことです。マンガに慣れた人には「話の進みが遅い」と感じられます。

まず言葉ありき
以前アニメーションの高畑勲監督が、日本アニメのルーツは絵巻物にあるとして紹介していたのを思い出しました。かな文字が漢字から完全に独立して成立したのが10世紀ごろ、現存する絵巻物は12世紀ごろから描かれています。絵巻物のような表現が欧米で発達しなかったのはなぜでしょうか。ここに欧米言語と日本語の違いが出ているような気がします。

中華文明圏の周辺国であった国はどこも漢字を借りて文字を書くハイブリッド表記をとりました。朝鮮もベトナムもそうでした。しかし、ここでも日本の特殊性が出ます。漢字を中国語だけではなく日本語にもあわせて音読み、訓読みというものを発明します。そのために読み方がひとつの漢字でいくつもあったり、いろいろ面倒なことになりました。しかし、そういう面倒なことをずっとやり続けたことによって、何か非常に重要なものが日本人の中に生まれたに違いないのです。

日本人は日本語の中にいてそれが空気のようなものですから、その特異性というのに気づきにくいのかもしれません。

『エースをねらえ!』から学んだこと
第六章の最後に『エースをねらえ!』から教えられ、以来著者が人生の指針としてきた言葉が紹介されています。宗方コーチがひろみに言った「この一球は唯一無二の一球なり」という言葉です。宗方コーチは選手としての絶頂期に突然選手生命を絶たれます。そして、「自分のプレーヤー生命に終わりが来る」ということを一度も考えずに過ごしてきたことを深く恥じるのです。

それ以後、著者はこの言葉を座右の銘として、武道家としての一日一日、一本一本の技を大事にして送ってきたといいます。25年たって、著者は「今、終わりが来ても平気だ。だって『思い残す』ことなんか何もないからだ」と言います。

---そのつどつねに「死に臨んで悔いがない」状態、それを私は「幸福」と呼びたいと思う。幸福な人とは、快楽とは「いつか終わる」ものだということを知っていて、だからこそ「終わり」までのすべての瞬間をていねいに生きる人のことだ。


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