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2011年9月 1日

怖い絵

◇◆第719回◆◇

4255003998怖い絵
中野 京子
朝日出版社 2007-07-18

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怖い絵はなぜ怖いか
西洋名画を題材にその中にある恐怖について書いてあります。怖い絵の何が怖いのかといえば、人間というものの怖さでしょう。取り上げられている絵によってその怖さは微妙に違いますが、一番怖いのは人間、地獄はこの世にある、と言われる言葉をあらためて思い起こします。絵はゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』のように一目見るなり恐ろしい、と思うものもあれば、ドガの『エトワール、または舞台の踊子』のようにこの絵のどこが怖いのか解説されなければわからない、というものまでさまざまです。

これらの解説を読んで、どの絵が一番恐ろしく感じられるかは人によるでしょう。しかし、いずれもその恐怖の理由が今の世の中で読んでも納得できるものばかりです。また、それらを描いた画家についてもそれぞれの章で簡潔に説明されています。ムンクの『思春期』では、思春期を迎えた少女のえたいの知れない不安とおののきが描かれています。ムンク自身が精神に不安を抱え45歳の時に自ら精神病院へ入院しています。ここで彼は心身の健康を取り戻すのですが、皮肉なことにそれ以後見るべき作品を残せなくなってしまいます。

芸術は満ち足りた幸せの中にあるよりも、飢餓感、切羽詰ったもの、慄き、不安、苦悩、といったものの中からこそ生まれるのかもしれない、と感じさせられる一節でした。これは他の画家の多くにも言えることです。その一方、芸術家だからといって人格的に秀でているわけではないということも、この中で取り上げられているダヴィッドの例を見れば明らかです。ダヴィッドはフランス革命の時代からナポレオンの戴冠までさまざまな絵を残していますが、平気で人を裏切る変節漢でした。だからこそあの時代をサバイバルできた…と言えるかもしれませんが。

運命というものの恐ろしさ
怖い絵が続くのですが、中には著者の文章表現の面白さにげらげら笑って読んだものもありました。絵そのものも別段恐ろしいところはないティントレットの『受胎告知』です。数ある受胎告知の場面を描いた名画の中で、これを取り上げて書かれている理由が読めばわかります。そして、一見気づきにくい聖母マリアという存在の不条理さに気づかせてくれるということで、この章は私には一番印象に残っています。聖母マリアは喜んで「聖母」になったのでしょうか。

この絵は大天使ガブリエルが大勢の天使を引き連れて窓から侵入し、マリアを仰天させている、という構図になっています。「静かな日常へ超自然という異世界が押入ってきたときの驚愕、絶望、圧倒的無力感、これこそがマリアのものであろう」と著者は書いています。ギリシャ悲劇の「避けえない運命」にも通じ、聖なる奇蹟の形をとってはいてもマリアに選択の余地はありません。運命とはいつもこうしたものなのだろう、と見るものに思わせる、そういう怖さがこの絵のベースにはあります。

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中野 京子

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