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2011年9月 3日

怖い絵2

◇◆第720回◆◇

4255004277怖い絵2
中野 京子
朝日出版社 2008-04-05

by G-Tools

美しさの変遷
恐ろしい、怖いというのはいろいろな意味、背景があり多様なものなのだ、と前著とこの本を読んであらためて教えられました。人間のいろいろな感情はどれもみんな複雑で多彩な顔を持っており、それがまた人間の面白さでもあるのでしょう。本書はルネサンス期から20世紀までの絵画からランダムに選ばれているため、怖いということだけでなく、西洋史の勉強もできます。描かれた人々の体型や服装から美的感覚、何を美しいと思うかが時代によって変わっていくこともわかります。

ルーベンスの『パリスの審判』に出てくる三人の女神は、今ならはっきりと太りすぎです。しかし、当時の人が今の”美女”を見たら病気かと思うでしょう。また、表紙につかわれている『アルノルフィニ夫妻の肖像』の妻は新婚だというのに臨月のようなお腹に描かれています。これは妊娠しているのではなく、そうやってお腹を膨らませるのが当時のファッションでした。今のファッションだって、200年後の人が見たら「????」というようなものでしょう。これも考えてみれば「怖い」ことです。

王様は自由だったか
描かれている怖さの中で、私が一番印象に残ったのはカレーニョ・デ・ミランダ『カルロス二世』とドラローシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』です。カルロス二世はスペインのハプスブルク家最後の王です。血族結婚を重ねた結果、虚弱で知能も低く、生まれたときから今にも死ぬかといわれ続けて39歳で亡くなっています。レディ・ジェーン・グレイはヘンリー八世の妹の孫で、わずか9日間女王の座にあった後、反逆罪で処刑されます。16歳でした。これらのいきさつを述べるには、いろいろ歴史をひもとかなければいけません。しかし、双方ともに王位継承をめぐる悲劇という共通項があります。

前作の『怖い絵』の中にホルバインが描いた『ヘンリー八世』が出てきます。彼はエリザベス一世の父であり、六人の妻を娶りそのうち二人を断頭台に送ったという恐るべき男です。レディ・ジェーン・グレイの悲劇を読むと、エリザベス一世がよくぞ生き残って王座についたもの、と感嘆します。ただし、ヘンリー八世がこうまでして結婚を繰り返したのも世継ぎの男児欲しさであり、カルロス二世が血族結婚の重荷を背負って生まれたのも後継者問題ゆえです。

人間精神の進歩を見る
市民革命以前、独裁者とされた王様は好き勝手に自由にふるまったと思われがちですが、決してそうではなく、彼らも彼らの中で陰惨な争いを繰り返し、勝利したところでそれは一時の夢にすぎません。下々は疫病と搾取に苦しんでいたかもしれませんが、支配者とて違う形の苦しみの下であえいでいたのです。昔が良かったなんて絶対に嘘だろうと思います。

現代社会は決して楽園ではありません。しかし、それでもこれらの絵の中に登場する19世紀以前の社会を想像してみると、何と恐ろしい世の中であったことかと思います。戦争が「悪」とされたのはついこのあいだのことですし、人権や自由などという概念さえなかったのです。「怖い絵」ではありますが、人類の精神はゆっくりではあっても確実に前に向かって進んでいる、そのことをこれらの絵は教えてくれます。


怖い絵2
怖い絵2
中野 京子

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