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2011年7月20日

「芸術力」の磨きかた

◇◆第715回◆◇

4569628974「芸術力」の磨きかた
林 望
PHP研究所 2003-06-17

by G-Tools

芸術は生きていくために必要
作家であり、書誌学者でもある著者は絵、能楽、声楽など幅広く「芸術」といわれるものに親しんでいます。本書の中で著者が述べたいことの中心は以下の三点ではないか、と思います。
1)芸術は人間生活に不可欠のものである
2)芸術(アート)は技術(アート)の基礎が必要なので、訓練がいる
3)受身だけではなく自分で表現することが大事

1)と3)については、岡本太郎も『今日の芸術』で同様のことを述べています。その理由について岡本太郎は、人間生活がますます分断化し、それぞれの人間が部品になっている、ということをあげていました。仕事で何かをやっている、といいながら、その全体像がしだいにつかめなくなり、何かひどく忙しくせっつかれる思いだけはあるけれど、「本当に何かをやった」という充足感から遠ざけられているのが現代人だ、と岡本太郎は半世紀以上前にそう書いています。

今はそれがますます顕著になり、それゆえにさまざまな弊害が生まれ、便利で快適な世の中のはずなのに、なんだかよくわからない精神の病(ある意味で生活習慣病は全て精神の病の一種だといえます)が増えるばかりです。人間にとって芸術が不可欠だというのは、こういう状況から抜け出すために必要ということだと思います。

基礎的技術をしっかり身につける
岡本太郎は『今日の芸術』の中で「今日の芸術はうまくあってはならない。美しくあってはならない」と述べていました。しかし、本書で著者は、芸術の基盤は技術に支えられている部分があるので、技術の基礎をしっかり習得しなければならないと書いています。そして、つい手軽に口にされる「感性」という言葉に疑問を投げかけています。感性が要らないと言っているわけではありません。それはしっかりした基礎的技術ができあがって後ににじみ出てくるものであって、ただの未熟を「感性」と持ち上げることは弊害にしかならないと指摘しています。

この例として子どもの絵をあげています。メディアでは「子どもの感性はすばらしい、何ものにもとらわれていない」などという意見が取り上げられることがあります。それは大きな誤解です。子どもは単に未熟なだけで、もし、その絵が本当に素晴らしいものならば、世界中の美術館に子どもの絵が陳列されていいと思いますが、そういうことは金輪際ないでしょう。

いったんかなりの技術を手にした人が「子どもの感性」を口にするのは、よくあることです。芭蕉は「句は三尺の童にさせよ」と言ったそうですし、ピカソは「子どものように描きたい」と言ったそうです。しかし、芭蕉が実際に句を幼児が詠めばいいと思っていたわけではないでしょう。それは上手が上手の陥穽に陥ることを戒めている言葉なのであって、その芸術の初歩をうろうろしているような人が口にする言葉ではないのです。


「芸術力」の磨きかた
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コメント

春さん、コメントいただきありがとうございます。

感性と子どもの絵に関する話はいい例だと思いました。個性とか感性とかいうのは、基礎的な技術のベースがあってはじめて可能ということですね。基本練習は退屈なので、ついおろそかになってしまいがちです。以前、絵手紙だったかで「下手でいい、下手がいい」という標語を見つけ、それは違う、と思いました。小手先で器用にまとめるのは戒めなければいけないのかもしれませんが、そもそも小手先で器用にまとめる技術もない人が、「下手でいい」といっていたのでは、何の向上もありません。

絵画では、写真が発明されて、見たとおりに描くことは意味が無い、だからデッサン力はどうでもいい、みたいなことを言う人がいます。しかし、それはちょっと違う。見たように描けることは、まず「描く人」にとって大事なのであり、絵画の鑑賞者にとってどうか、というのはその次のことだと思うんです。絵を売って生活するようなプロの絵描きばかりが絵を描くわけではないし、それだったら、「芸術力」は一般人に必要ないということになります。

見たように描け、メロディとリズムに沿って歌えるなどというのは、人間にとって基本的な喜びになるし、実は非常に大事なことを発見させてくれるツールかもしれない、とも思います。

優嵐さん、こんにちは〜♪

安易に素人が感性とか直感と言う前に、やはり基本をしっかり学ぶことが何より大切だと僕も思います。基本なしに本当の感性などありはしません。ここへんが最近巷で誤って捉えられているように僕も思います。

日本では古来からまず優れた先人を真似ることが最も尊ばれてきました。武道はまず型を学びます。型とは即ち達人を形から真似ることです。書道では書写を通じて先人を真似てきました。料理の分野でも、老舗は宛て字でして、「仕方を似せる」というのが本意だそうです。各分野で「先代に似てきた」という言葉が最大限の褒め言葉でした。だから、歌舞伎でも相撲でも落語でも真打ちになったら先代と全く同じ名前を襲名して名乗ります。これは似せることを極めることが芸を極めることという意味なのだと思います。

仰有るように、真の感性というのは基礎をしっかり固めに固めて玄人に達した人が「初心忘れるべからず」で童心の心を忘れないときに生まれるものなのだと思います。似せること、基礎固めすることの重要さは全ての分野について強調して強調しすぎることはありませんね。何事も一足飛びに飛ぶことなどできませんから。常に基礎固めをしつつ、僅かずつ階段を上って行きたいと思います。

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