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2010年10月12日

永沢まことの花スケッチレッスン

◇◆第696回◆◇

4093104719永沢まことの花スケッチレッスン―ペンと水彩で描く (さぁ、始めよう!)
永沢 まこと
小学館 2008-03

by G-Tools

永沢まこと流花の描き方
著者は、鉛筆の下描きをせず耐水性顔料インクのサインペンで最初から描くという独特の描き方で知られています。それに関する技法書がいくつも出ていますが、本書は花に的を絞って書かれたものです。なぜ下描きをしないかについては、集中力と観察力がにぶるからだというのが著者の答えです。構図も特に考えず、直観で描きたいところから一点突破で描き進めていくといいます。これが著者の方法なのだと思います。

著者にならって同様の方法を試してみましたが、私はやはり鉛筆であたりをつけてから描きたいタイプです。また、透明水彩で描くのはどうやら性質にあっていないようなので別の画材を探し、今は万年筆、オイルパステル、ゲルクレヨン(クレオロールやゲルマーカー)を使って絵を描いています。ここに落ち着いたのはさまざまな技法書を読み漁った結果でした。技法書というのは参考にするものであって、お手本にするものではないとようやくわかりました。

透明水彩が自分の性にあわないと思ったのは、筆やら水やらの準備と後片付けがいること、濡れているときと乾いたときとで色合いが大きく変わること、描いた紙がぼこぼこに歪むこと(これは水張りによって防げるそうですが)、などからでした。オイルパステルやゲルクレヨンは色が変わらず、すぐに取り出して塗り始められるうえに中断も再開も容易です。さらに塗り重ねることによって混色も可能であり、水がいらない透明水彩のような透き通った色彩が得られます。水を使いませんから紙も歪みません。

絵を描く基本は「ものを見ること」
今、自分の身の回りにある日用品をスケッチして画材の扱いに慣れようとしています。日用品といっても無尽蔵にあるわけではありませんから、描きつくしたら次は何を描こうかと考えていたところに出会ったのが本書でした。次は花でいこうと決めました。人を描くのもいいですが、人だと動き回りますし、気遣いもいります。しかし、花ならいくらながめようと誰にもとがめられることはありません。それに美しいですし。

描くためにじっと見ていると長年使っていた日用品ですら新しい発見があります。著者は「はじめに」の中で「スケッチの基本、いや絵を描くことの基本とは、描くことではなく、実は『ものを見ること』なのです」と書いています。絵がうまく描けないという人は描けないのではなく、ちゃんと見ることができていないということです。本書を見ていると、著者は花を描きながらも必ずどこかに人をいれ、空をいれ、著者ならではの世界を作り出しています。この点はさすがだなと思います。

永沢まことの花スケッチレッスン―ペンと水彩で描く (さぁ、始めよう!)
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コメント

はるさん、コメントいただきありがとうございます。

絵を描くこと(特に写生すること)はものを見る訓練にいいと感じます。見ているようでぜーんぜん見ていなかったことを思い知らされます。小林秀雄さんは、さすがですね。人間はほとんどのものを「記号」にしてしまって、手っ取り早く処理しているのだと思います。

何もかもゆっくりじっくり見ていては時間が足りませんが、すべてを速く処理しようとしてばかりいては、本当に味わうべき人生の味わいも流してしまいかねないな、と痛感します。

優嵐さん、こんにちは〜♪

>絵がうまく描けないという人は描けないのではなく、ちゃんと見ることができていないということです。

昔、文芸評論家の故・小林秀雄さんの書籍「考えるヒント」を読んでいたら、小林秀雄さんが同じことを書いていました。
「身の回りにある鉛筆やコップなどを、実際に見ずに想い出して絵に描いてごらんなさい。殆どの人は描けないでしょう。それは何時も使っているにも拘わらず、人間はそれをはしょってしまっていて、じっくり見るということをしていないからなのです」というような内容を書かれていて、
若い頃の僕は大きな衝撃を受けたものです。「本当だ、自分は物事を見ているようで、本当にじっくり物事を見ていなかったんだ」を教えられました。
人間はこういった「概念化」や「抽象化」によって高度の知能を持ちながら奇跡的に神経衰弱にならずに済んでいるというのも事実なのですが、やはり何かを突き詰めるという意味では、「せめて自分の興味を持った物事についてはじっくり見なければならないな…」と気付きました。
言うとやるは大違いなので、何時になってもまだまだ出来ないのですが…。(^_^;

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