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2010年7月 3日

孤独であるためのレッスン

◇◆第670回◆◇

4140019271孤独であるためのレッスン (NHKブックス)
諸富 祥彦
日本放送出版協会 2001-10

by G-Tools

孤独は創造的な能力である
孤独は、避けるべき否定的なものではなく、現代をタフに、しなやかに、かつクリエイティブに生きていくために不可欠の”積極的な能力”である、と著者は冒頭に記しています。ここでいう孤独は英語ではsolitudeといわれる創造的な楽しい「ひとり」です。しかし、日本では孤独というとlonelinessの寂しい、つらい満たされないという一面的なイメージがとても強く、何が何でも避けるべきものというとらえ方をされがちです。しかし、人間が自分らしくあろうとしたり、創造性の源とつながろうとした場合、孤独は欠かせない根本要素です。

日本は同調圧力の強い社会です。人と同じであること、つきあいを非常に重視します。人間関係を重要視するあまり、周囲に同調しすぎて自分がやりたいことも、本当の自分がどうありたいかも見失っている人が少なくないのです。「人並み」という言葉がこれを象徴しています。これが最も顕著なのが学校社会で、「みんな仲良く」とか「仲間づくり」とかいうことが強調されます。人と異なるのを極端に恐れるのです。

このような社会ですから、孤独であることは忌み嫌われます。常に誰かとつながっていないと不安なのです。しかし、それによって失われるものの大きさについて本書では述べてあります。孤独を肯定する人も、嫌悪する人も孤独について考えるのにいい本ではないか、と思います。私自身は子どもの頃からひとりで行動する方でしたから、著者の主張にはうなずけるところがたくさんありました。

人は孤独の中でしか成長しない
人は孤独の中でしか成長しないと私は思っています。著者も同様のことを述べています。人間関係は社会生活を送る上で不可欠なものではあるけれど、あくまでこの人生を送る私という人間の主体は私であり、誰かとの人間関係ではないのです。以前はよく映画やドラマや漫画、小説といったものを楽しみました。ところがいつのころからか、なんか違うなと思うようになりました。それはなぜかというと、その中の登場人物たちが「誰かとの関係の中でしか変化せず成長しない」からでした。実際の人間はそんなものではありません。

人間同士のドラマを描かなければこうしたエンタティメントは成立しません。主人公の内側で起こっていることを描くすべはありませんし、それを観客なり読者なりに見せる手段もありませんから、いきおい人間関係の中で主人公が変わっていくという描き方をせざるをえないのでしょう。けれど、人間の成長は決して他者からはもたらされません。

過剰な同調圧力を避ける
本書の中でも人は孤独の中で自分の内側へ入っていき、深い内面で出会うものとの対話を通して成長する、本当の自分に出会える、といった意味のことが書いてあります。孤独を悪いこと、避けねばならないこと、忌み嫌うべきものと考えているような社会では、人が孤独の意味を発見するのに必要以上に時間がかかってしまいます。まあ、孤独の意義を発見する人は、誰になんと言われようと自分自身で発見してしまいますが。

一方、過剰な同調圧力にさらされ、みんなと同じにできない自分はどこかおかしいのだ、と自分を責めて対人関係が結べなくなったり、うつ状態になったりする人に対して、「もっと違う見方、考え方もありますよ」ということを提案しているのが本書だと思います。孤独はその人が自分の人生でほんとうに大切な何かと出会うために必要なものなのです。

人間関係に過剰に適応してしまう人に対し、ゲシュタルト療法の創始者であるフレデリック・パールの次のような詩が紹介されています。

   ゲシュタルトの祈り
わたしはわたしのことをやり、あなたはあなたのことをやる。
わたしはあなたの期待に応えるために、この世にいるわけではない。
あなたはわたしの期待に応えるために、この世にいるわけではない。
あなたはあなた、わたしはわたし。
もし偶然に出会えれば、それは素晴らしいこと。
もし出会わなければ、それはそれで仕方がないこと。


孤独であるためのレッスン (NHKブックス)
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諸富 祥彦

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コメント

はるさん、コメントいただきありがとうございます。

孤独の大切さはいくら強調しても強調しきれないのではないかと思います。特に日本のような社会では。登校拒否がどんどん増えているのは、子どもの中で「みんないっしょに仲良しで同じ行動をとるのがいいこと」という従来の村落共同体でよしとされたことを強制されるのが耐えられない子が増えている証だと感じます。

学校というシステムは遅れています。工場で巨大なベルトコンベアが動き出すのにあわせて人間を行動させることを目的に作られたシステムですから。19世紀的な思想に基づいているといっていいんじゃないでしょうか。

自分も以前なら、こういう人は落ちこぼれだと考えたでしょうが、今は人と違うことをする人が次の時代の流れを作ると思います。今年の大河ドラマに取り上げられている坂本龍馬も、あの時代では異端者だったわけですよね。異端者は潰されることが多いですが、異端者がいないと社会は閉塞してしまいます。

また創造行為というのは常にひとりの内側で行われます。誰かとチャットしながら、何かを生み出せる人があるとは思えません。創造というのは内側の存在からの啓示だからです。内側の存在と話すには、孤独になりその静かな声を聞く時間が絶対に必要です。孤独を恐れる人は、本当の自分と対話する貴重な時間を失っていると思いますね。

孤独であり、人と違うことを目指すというはるさんの生き方は、これから多くの日本人に必要なものです。人海戦術では中国などにとうてい適いません。クールで創造的なものを目指す、そういう人が増えないと日本の先行きは危ない。楽しく自由で孤独であること、そういう生き方をする人が増えて欲しいと思います。

COXさん、こんにちは〜♪

良いお話し有り難うございます。ゲシュタルトの祈り、至言ですね。

孤独の大切さ。これ実は僕の座右の銘です。

太古の昔は群れから離れることは肉食獣の標的になり死を意味しましたが、現代は人と同じことができるだけでは職にもありつけなくなるという不思議な逆転現象が起きました。

NIKEやADIDASの靴が一足3千円で世界中で売られているのは、時給100円で中国人工場労働者に靴を作らせ、年間40億円でタイガーウッズやロナウドとCM契約をしているためだそうです。中国労働者の価値が低くウッズらの価値が高いという意味ではありませんが、幸か不幸か現代社会は人とは違う才能を伸ばすことが必要になるという人類700万年の歴史の中では特異的な時代になりました。

職にありつけるとか給料が幾ら貰えるかという問題は横に置いても(^_^;、一人で立っていられるという独立心は大切だと思います。

僕が常に考えていることは、常に大衆と逆の行動をすることです。
集団と逆の発想をする人が何人かでもいるから、群集心理に流されずに全体主義に陥らずに済みます。

投資でも、超長期投資家の僕は、大衆が投げ売りするときしか買いません。そして、株価高騰して大衆が「これだけ高値を出すから買わせてくれ」と言うときにしか売りません。
ビジネスでは、参入障壁が高くて普通の人は入ろうなどと思いもしない市場に入る勇気を持つから独占的地位が得られて利益が出るのだと思います。ネットビジネスのように参入障壁が低いところに人と同じように入っていっても、垣根の高さは殆ど0cmなので幾らでも後から後から競争相手が入ってきて過当な価格競争になり利益なんて出ません。
投資でもビジネスでもリターンというのは「集団と逆の行動をする勇気に対する報酬」なのだと肝に銘じています。

日常生活でも、休日はどんなに波が良くても波乗りには行きません。平日は波が良くなくても波乗りに行きます。波乗りルールとして一つの波には一人しか乗れませんから、波に乗る確率を上げるためには集団と逆の行動をするしかありません。

僕のような浮世離れ仙人のような人間が集団の過半数を占めると社会が成り立ちませんが(^_^;、少数派である限りは社会は機能しつつ全体主義への傾斜のリスクが少なくなるのでは…、と自己正当化しつつ集団と逆の生き方をしています。(^_^;

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