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2010年6月23日

コナン・ドイルの心霊学

◇◆第667回◆◇

4806314250コナン・ドイルの心霊学
コナン・ドイル  近藤千雄(訳)
潮文社 2007-12

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ドイルのスピリチュアリズム研究
コナン・ドイルはシャーロック・ホームズの生みの親です。彼がエジンバラ大学を卒業した眼科医であり、スピリチュアリズムの研究に40年以上もいそしんでいたことはあまり知られていません。彼の生きた時代は近代スピリチュアリズムの勃興期でした。最初は物理的心霊現象が盛んであり、それが徐々に精神的な「霊界通信」のようなものへと変わっていきました。本書は1918年と19年に出版された古典の復刊ですが、ドイルが述べていることはスピリチュアリズムの基本といえることであり、古さは感じません。訳者は『シルバーバーチの霊訓』など数多くの英米のスピリチュアリズム関係の翻訳がある近藤千雄氏です。丁寧な訳注によって日本の現代の読者にも理解しやすいものになっています。

西洋では人間の自我の根源をプシュケー、サイケあるいはスピリットと呼んできました。これが日本語の「霊」に相当します。それが物理的身体と結合して自我意識ができあがります。地上生活というのは、肉体という一種の潜水服に包まれて活動している状態であり、一日一回それを脱いで酸素補給のために海面上にあがってくるのが睡眠です。しかし、そのうち潜水服を脱ぎ捨てて陸へあがってしまいます。それが「死」です。それで本来の自分に戻るのです。つまり人間はもともとスピリット(霊)であり、肉体は殻であり道具にすぎません。

人間の麻痺した霊性を回復させるための霊界からの働きかけ
地上生活をしていても「人間は本来は霊的存在で、当然死後も生き続ける」ということがスピリチュアリズムの基本認識です。物質文明はその霊性の自覚を麻痺させ、物欲によるさまざまな闘争を生んできました。近代スピリチュアリズムが、アメリカとイギリスという近代資本主義の中心地のキリスト教国家で起こったのは、それなりの理由があるように思えます。スピリチュアリズムは人間の麻痺した霊性の自覚を回復させることを目標とした霊界からの働きかけなのです。

霊的な考えに及ぼすキリスト教の影響の大きさは、日本人には想像できないほど大きなものだという気がします。キリスト教神学が説くその世界観が西洋キリスト教国家の国民をどれほど強く縛っていたか、さらにその反動としての唯物論が科学主義の名を借りて勢いを増していました。本書の中でも当時のマスメディアはスピリチュアリズムをインチキと決め付け、それを暴いてくれる存在を求めていたことがわかります。そして多くの科学者がその探究に乗り出します。

そこには、ウイリアム・クルックス、アルフレッド・ウォーレス、ロバート・ヘア、シャルル・リシェ、シャルル・フラマリオン、オリバー・ロッジといった超一流の科学者がいましたが、いずれも実験を進めていくうちに霊の実在を確信していきます。「事実というものは頑固なものだ」とウォーレスは語っており、クルックスは物質化して出現した女性霊の写真を数多く撮影することに成功しています。

死の直後の様子
ドイルも科学教育を受けた医者らしく、キリスト教のドグマははなから相手にしておらず、科学的な探究心でスピリチュアリズムの研究を続けました。数多くの交霊会に出席し、いくつものインチキやいかさまにも出会っています。しかし、それでもスピリチュアリズムへの確信は深まっていくのです。彼の研究によると、死ぬという現象に痛みは伴わずいたって簡単であり、その後想像もしなかった安らぎと自由を覚えます。そして肉体とそっくりの霊体をまとっていることに気づきます。しかも地上時代の病気も障害も消えているのです。

これは臨死体験の報告からもうなづけることです。さらに自分の亡骸が見え、そのまわりに集まっている肉親・知人に混じって、すでに他界してしまっている人たちがいることに気づきます。それらの姿は亡霊といった感じではなく、実にいきいきとしていて、うれしそうに歓迎のあいさつをしに来てくれます。さらにその中に見覚えはないのだけれど、際だって気高い雰囲気の人がおり、その人が側にきて「私のあとについてきなさい」と言い、壁や天井を突き抜けて出て行ってしまいます。驚いたことに自分にもそれができるようになっているのです。

その後、霊は新しい生活を始める前に一種の睡眠状態を経験します。これはその人によって長さが異なり、地上時代のさまざまな影響から回復するリハビリ期間のようです。これらの報告からドイルは「地獄は存在せず、矯正や浄化のための場所はある」と結論付けています。ただ、霊界といってもそこは広大で、人間が知ることができるのはほんの一部に過ぎません。地上へ通信を送ることができる霊は地上に近い波動を持った人間に近い存在であり、ずっと高い階層のことはわかりません。

超常現象を最も自然に説明できるスピリチュアリズム
また、中には邪悪な意図を持ったものもいます。そういう存在がいたずら目的で通信を送ったり、憑依して大変なことになる場合もあるため、面白半分で交霊会をおこなうのは危険です。また、霊媒や霊能力者といっても人格的にはさまざまであり、信頼できる人ばかりではありません。こうした能力には波があるため、うまくいかない日があることも当然なのですが、金銭がからんだりすると、それがいかさまの原因になったりします。ただ、これらの現象は人類の黎明期からあらゆる民族の中に似た形で出現しており、すべてがインチキや勘違いやいかさまであるわけがありません。

スピリチュアリズムの説明以上に納得できる説明は自分には見つけることが出来ないとドイルは述べています。さらに、こうした霊現象について、これらは電話のベルのようなものと考えるべきだとも書いています。こうしたものの派手な一面にのみ関心を持ってしまうのですが、その先にある霊界の存在、やがて自分もそこに赴くその場所のことを思い、死後も存在し続ける霊としての自分は、現世でどのような生き方を選ぶのかを考えるきっかけにすべきなのです。

唯物論が言うように死んで何もなくなってしまうなら、生きている間に享楽、欲望の限りをつくせばいいのであって、人格の向上を図る必要などありません。しかし、死の扉の向こうに全く違う世界が広がっている可能性が極めて高いとするならば、それにふさわしい生き方を選ぶのが賢明でしょう。


コナン・ドイルの心霊学
コナン・ドイルの心霊学
コナン ドイル Arthur Conan Doyle

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