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2010年5月28日

いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか

◇◆第664回◆◇

4480086641いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか (ちくま学芸文庫)
ルドルフ シュタイナー Rudolf Steiner
筑摩書房 2001-10

by G-Tools

ごく普通のことを倦まず弛まず実行する
どんな人間の中にも、感覚的世界を超えて、より高次の諸世界まで認識を拡げることのできる能力が微睡んでいる、とシュタイナーは冒頭に述べています。本書はかつて秘儀とされ、師から弟子への口伝であったその奥義を書物で伝えようとするものです。題名や扱う題材から予測されるような特殊な行法といったものは、書いてありません。むしろ、普通の生活の中での精神のあり方、視点の持ち方といったものが述べられています。修行とは本来こういうものなのだろうと納得しました。普通のことを普通に、精神を集中させて継続しておこなえれば、それが修行につながるのです。

修行の姿勢として最も大事なことは、畏敬の念を育てることだといいます。現代は批判の時代です。シュタイナーが本書を書いた時代でさえそうでしたから、今はもっとそれがはなはだしくなっています。誰かの弱点を非難してやろう、批判してやろう、と狙っているとき、人は自分の中の高次の認識能力を自ら奪ってしまっているのです。「賛美と崇敬の対象となりうるものを環境や体験のいたるところに探し求めなければならない」と本書は述べています。

体験すれば理解でき、生きていく助けになる
超感覚的世界などというものがあるのか、という疑問について、シュタイナーは「このような永遠的存在に疑問の眼を向けうるのは、それを体験できぬ間だけである」と書いています。これは本当にそうだろうと思います。本書の方法は日常生活の中でほんのわずかな時間をとればできることばかりです。普通の人が通常の役割を果たしながら内側に超感覚的世界への認識を育てていくことこそが、現代社会を覆う得体の知れない精神の危機から人々を救う道であるというシュタイナーの意図が見えてきます。

シュタイナーが使っている用語は特殊ですが、それは「象徴言語」であると解釈して読み進めていけば、そこに書かれている内容は日常生活で応用できることばかりです。たとえば、神秘学の実践的観点として、忍耐強く、穏和であることがあげられています。苛立ち、怒り、不機嫌、あせりといったものは霊眼を開くのに最も不適当です。穏和で忍耐強いということは、何をするにせよ生きていくうえで最大の長所になるでしょう。

敬虔な生き方をする
神秘修行の諸条件として次の七つがあげられています。1)肉体と精神の健康に留意する 2)自分を全体生命の一部と感じる 3)自分の思考と感情が世界に対して自分の行為と同じ意味を持つという立場に立つ 4)人間の本質が外観ではなく内部に存するという観点を獲得する 5)一旦決心した事柄は忠実にこれを実行する 6)自分に向かってくるすべての事柄に対する感謝の気持ちを養う 7)以上の六つの条件を統一し、自己の内に内的平静を用意する---いずれも人として心がけるにはごく普通のことです。

神秘修行をしようとする人間は、修行によって建設行為に向かうべきであり、破壊行為は許されません。それゆえに批判や破壊行為への意志ではなく、帰依と創造への誠実な意志を持ち、敬虔な生き方ができなければならないのです。本書の最後に神秘修行がかなり進んだ段階で修行者が出会う「境域の大守護霊」について書いてあります。ここのシュタイナーの文章は「大乗仏教の菩薩道」を思わせるものがあります。

修行は特殊なものではありません。イエスの言葉もブッダの言葉も特殊なものではなく、とてもシンプルなものでした。しかし、それを生活の中で常に意識し、実行していける人はごく少数です。単純であたり前に見えることが実は一番難しい、人間の不思議さかもしれません。


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