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2010年3月13日

マイケル・ポランニー 「暗黙知」と自由の哲学

◇◆第652回◆◇

4062584573マイケル・ポランニー 「暗黙知」と自由の哲学 (講談社選書メチエ)
佐藤 光  講談社 2010-01-08

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暗黙知の発見
マイケル・ポランニーは「暗黙知」という言葉で知られています。これは、私たちの知識や認識の過程には、言葉によって明示することのできない暗黙の要素が含まれている、ということを意味します。この具体的な例が顔の認識として示されています。私たちはある人の顔がどこの誰かを知っています。何の苦労もなく知っていますが、その理由を説明することはできません。ある程度は説明できても、最終的には「あの顔はその人の顔なのだ」と断言して言葉による細かな説明を放棄する局面がやってきます。

あまりにもあたり前のことで、いまさら驚くようなことではない、と思われるかもしれませんが、私たちの認識がそういうものに支えられているというのは、西洋科学の限界を示しているとも言えます。西洋科学はすべて明示できることのみを対象として絞り、明示できないことは無いこととして発展してきました。しかし、それではこの世界をすべて把握しきることはできません。明示されないものはそこをすり抜けてしまうからです。

認識は明示できないものに支えられている
今や人間を超える人工知能さえ夢ではないといわれているのですが、暗黙知があり、それを扱う方法がつかめない以上、人工知能が人間の知能を超えることはないのではないか、と思いました。これらは別種の知能と考えるしかないからです。明示できるものだけを計算によって取り扱うのが人工知能であり、それはビットがどれだけ飛躍的に発達しても変わることはありません。

しかし、人間の認識というものが明示できないものに支えられ、顔の認識といった単純なことさえ明示できないのなら、人工知能に人間同様のことができる日は来ないでしょう。実際、人間が簡単にできる顔の識別といったことが人工知能にはなかなかできません。認識といった点でも、人工知能は数字を扱うには驚異的な能力があるのに、類推や連想といった人間なら子どもでもできてしてしまうようなことができません。

「意味」を重視した自由主義者ポランニー
マイケル・ポランニーは1891年ハンガリーのブダペストにユダヤ人の子として生まれました。最初は医学者として出発し、次に物理化学者になり、その後科学哲学者として研究活動をするという近来稀に見る活動範囲の広さを持つ天才でした。彼を科学哲学の道へと進ませたのは20世紀に世界中を覆った全体主義への危機感だったようです。

哲学者としてのポランニーを著者は一風独特の自由主義者と記しています。その生涯を特徴づけるのは「自由」「価値」「理想」などへの強い関心です。現代では思想的自由というと、何でもありの価値相対主義が主流です。しかし、そうした態度は実際には不可能であり、そうした一見ものわかりのよさそうな態度の後には「どのような価値も信じることができない」というニヒリズムが隠されています。

ポランニーはこうした態度を批判し、より主体的かつ人格的でしかも主観的でない普遍的知識のあり方を模索したのです。彼は物理化学者としてキャリアをスタートさせたために、一見客観的、没個性的と思われる自然科学の分野にも科学者本人の主体的なコミットメントがあることを熟知していました。科学や思想と名づけられた人間の営みのすべてにおいて、それをおこなう個人の能動的な働きかけが不可欠です。

ニヒリズムの危険性と限界
ニヒリズムの究極は「宇宙には意味など無い」ということです。ポランニー哲学は合理主義の果てに「意味」のすべてが嘲笑の対象になってしまったことを危険視しています。近代合理主義から生まれた科学の恩恵は多大なものでした。しかし、今やそれが極論にまで走り、科学の研究対象である宇宙そのものの意味を人間が否定してしまいかねなくなっています。

ポランニー自身は「暗黙知」という言葉をそれほど使ってはいないそうですが、ここでやはり「暗黙知」ということを出してこなければならないだろうと思います。私たちは知っていると思っている以上のことを認識しているわけですから、宇宙について明示的に知りえることがそのまま宇宙のすべての姿とはなりえません。数字や言葉で記述できる以上の意味を宇宙は含んでいると考えるのはしごく妥当なことだと思えます。

暗黙知というものが明示知とは別に存在するわけではありません。すべての明示知は暗黙知に支えられており、これはいわば意識と無意識の関係、海面上の氷の一角と海面下の氷山の関係にも似ているような気がします。


マイケル・ポランニー 「暗黙知」と自由の哲学 (講談社選書メチエ)
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