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2009年11月16日

ことばと文化

◇◆第626回◆◇

4004120985ことばと文化 (岩波新書)
鈴木孝夫  岩波書店 1973-01

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始めにことばありき
日本語という言語が持っている性格、特徴、さらにそれが日本文化に与えている影響(日本語が日本文化の影響を受けているともいえますが)などについてあらためて見直してみるきっかけをもらえます。著者の専門は言語社会学、初版からすでに30年以上たっているにもかかわらず、現在も読み続けられているというのは、それだけ示唆に富む内容を含んでいるということです。

言葉はあまりにも身近であり、ふだんそれを使って思考しコミュニケーションをとっているため、なかなか言葉そのものについて考えるという機会はありません。それだけにあらためて気づかなかったことを指摘され、そうか、とうなづいたり笑ってしまったりということが読みながらたびたびありました。たとえば、私たちはモノが最初にあって、それになんらかの言葉があてはめられている、と思っていますが、実態はかなり違います。

「始めにことばありき」が自分の立場である、と著者はいい、ことばがものをあらしめるということは、ことばが私たちの世界認識の手がかりであり、唯一の窓口であるということであり、ことばの構造やしくみが違えば、認識される対象も当然ある程度変化せざるを得ない、と言っています。ことばが違えば世界を捉える捉え方が違ってくる、ということなのです。

人称代名詞に見る日本語の特徴
後半で英語と日本語を例にとり、人称代名詞の使い方の違いが説明してあります。日本語は人称代名詞を極力使わないですまそうとする言葉だという日本語の特徴が示されています。英語の学習でYouとは「あなた」だと習います。しかし、日本では社会生活で「あなた」という言葉を相手に対して面と向かって言う場合は非常に限られています。英語はIやYouがなければコミュニケーションできない言語構造になっており、そこは日本語と大きく違う点です。

「あなた」は上の立場の人に向かっては用いられません。先生、上司、顧客、父母といった人には普通その人の役割を呼びかけに使います。「先生」「部長、課長」「お客様」「お父さん」といった具合にです。こうした人に「あなた」などと言おうものなら喧嘩を売っていることになります。おもしろいことに兄弟姉妹間で「お兄さん」「お姉さん」とは言いますが、「弟」「妹」と呼びかけたりはしません。

また、奇妙にも父親や母親が自分の子どものうちで一番上のものにむかって「お姉ちゃん」と呼びかけたり、子どもが生れると夫婦間で「お父さん」「ママ」などといいあったりします。これは日本語の特徴で、親族間の最も年少者に呼称をあわせるのです。こうした用い方は全く他人に対しても用いられ、若い男を呼ぶときに「おにいさん」などと使われます。

ことばと文化 (岩波新書)
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コメント

はるさん、コメントいただきありがとうございます。

こうして指摘されてみると、ははあ、なるほどと感心してしまうことがいろいろありました。人称代名詞についてあらためて考えてみると、確かにそのとおりで、特に二人称代名詞はしだいに罵り言葉へと変化していくのだそうです。貴様とか御前とかいうのがかつては高貴な言葉だったのに今では喧嘩の時しか使いませんよね。

あと、彼とか彼女とかいう三人称代名詞もかつて日本語にはなく、最近使われるようになっているのは、英語の翻訳の影響だそうです。今でも普通の会話では使われませんし、自分も文章でしか使いません。

この「自分」という言葉、関西の一部では相手を指すときにとき、つまり「あなた」という意味として使う人があります。「自分はどうするの?」とかね。これなど文章にして読むとただ混乱してしまうでしょう。

言葉ってこうしてみると凄く面白いなと感じました。私たちは日本語で考えていますから、日本語の枠組みを外れることはまずできないんですよね。

尊敬語や謙譲語も日本文化の個性として出てきているもので、それはある程度大事にしたいですね。私自身は親族友人といえど、一歩ひいて丁寧な言葉を使いたいと思っています。その方が自分自身も居心地がいい。気持ちよく過ごすための礼儀、日本人なりの生活の知恵だと思います。美輪明宏さんが「なれなれしくしすぎると近親憎悪が生れる」といい、「そのためには近しいものの間での言葉遣いに気を配るべき」と指摘されていました。なるほど、と思いましたね。

COXさん、こんにちは〜♪
日本語独特の人称代名詞については僕も昔から不思議な仕組みだといろいろ考えたことがあります。

そうなんですよね。Youという言葉を殆ど使わない文化であるために、日本語は色々なからくりを使う言語なんですね。

人様を呼ぶときに家屋でもないのに「お宅」という言い方をします。また、業者さんには「貴方」ではなく、「クロネコさん」とか「ソニーさん」、「店員さん」という言い方をします。日本語では、家族という組織とか、企業という組織、が基本にあってその構成員という意味合いが強いと思います。

また、日本語ではもの凄く尊敬語とか謙譲語とか敬語とかということを重視する言語だなとも思いました。居酒屋の見知らぬ店員さんに声を掛けるときに「おじさん、お燗もう一本」「おばさん、お燗もう一本」とは言わずに、どんなに歳の人にも「おにいさん、お燗もう一本」「おねえさん、お燗もう一本」と言います。偉そうな人そうだと思ったら「大将、お燗もう一本」「女将さん、お燗もう一本」と「よいしょ」します。新宿歌舞伎町の客引きでも、単なるしがないサラリーマンに対しても「いよっ、社長、ちょいと寄ってきませんか?」と言います。先生でも何でもないのに、ちょっとよいしょするときには「先生」を乱発します。お店や業者側でも、客に対してどんなに腹が立っても「お客様、・・・」と様付けで呼び、人称代名詞によって反論に上手くオブラートを掛けます。面倒な言語であるとは言えますが、単なる人称代名詞ごときでも相手を巧みによいしょする道具として上手く使う人種であるとも言えると思います。

言語というのは本当にその国民の文化を根強く表すものであると、いつも感じます。言語学者なんかはその魅力の虜になった人達なんでしょうね。僕も機会がありましたら、もっと日本語や英語や他の言語についてもっと勉強したいと思います。

いつも示唆に富むトピックを頂き有り難うございます。(^_^)

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