« 人生の意味 | トップページ | 詩のこころを読む »

2009年10月17日

今日の芸術

◇◆第624回◆◇

4334727891今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社文庫)
岡本太郎   光文社 1999-03

by G-Tools

芸術は人間の生命にとって必要不可欠なもの
岡本太郎芸術の本質を述べたものであり、同時に芸術とは何か、なぜ芸術があるのかを考える手がかりともなります。「芸術」なんてなくても別に暮らしていけると思っている人は珍しく無いでしょう。しかし岡本太郎は、「芸術は、ちょうど毎日の食べものと同じように、人間の生命にとって欠くことのできない、絶対的な必要物、むしろ生きることそのものだと思います」と冒頭に書いています。そしてそれが何ゆえかを本書の中で示しているのです。

現代人は、部品になっています。本書は半世紀以上前に書かれていますから、部品化度合いはさらに進んでいるでしょう。仕事をしている人であれば毎日いろいろな形で働き何かを生産しています。「しかし、いったいほんとうに創っているという、充実したよろこびがあるでしょうか。ただ働くために働かされているという気持ちではないでしょうか」と著者は問いかけます。現代社会はますます高度に分化し、人間一人一人の働きが部品化され、自分が何のために何をやっているのかわからなくなり、人間の本来的な生活から遠ざけられているのです。

このような生活の中で、多くの人は余暇に生きがいを見出しているようにも見えます。遊ぶことにはまったく事欠きません。ただ、娯楽の施設や手段が増えれば増えるほど遊ぶ人たちの気分は空しくなってくるという奇妙な事実があります。コンサート、プロスポーツ観戦、遊園地、観光地…、そういうところに出かけて気分を晴らして…、しかしそれがあなたの生きがいでしょうか、と著者は問いかけます。

自己の本質とは関係のない楽しみによって傷つけられている
これらはあなたの本質とは全く関係がありません。コンサートならアーティスト、スポーツならプレーヤーこそその当事者であり、観客として参加している分には感激はあったところでただの見物人です。人がやったことをどれほど応援しようが全人的にそれに参加してはおらず、結局自分は「不在」になってしまいます。それゆえの空しさは自分では気づいていなくてもカスのように心の底にたまっていくのです。

楽しむつもりでいて逆にあなたは傷つけられています。どんなに遊んでも、そのときは結構楽しんでいるようでも、言いようのない空しさがある。「自分の生命からあふれ出てくるような本然のよろこびがなければ、満足できない。自分では知らなくても、それは心の底で当然欲求されている」と著者は言い、こうした失われた人間の全体性を奪回しようという情熱の噴出が「芸術」であると主張します。

今日の「芸術」は、ですから決して高尚なもの、わけのわからないものではありません。生れてこのかたいろいろと詰め込まれてきた「芸術観」のようなものをまず振り捨ててしまうことが大事です。誰でもその本質においては芸術家です。芸術は絶対に教えられるものではなく、すべての人間が生まれながらに持っている情熱であり、欲求です。ところが、そこが長年に降り積もった埃や垢に覆われており、大半の人は本来のおのれ自身を見失っています。

芸術と芸の違い
「芸術」と「芸」の違いについて述べ、このあたりの誤解を解く必要があると言っています。現代絵画ではかつてのような見えるものを見えるままに描くといったことは全く重要視されません。近代以降の巨匠、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、アンリ・ルソーなどは描写やデッサンという点から見ればアマチュアです。しかし、それでも彼らは天才として認められています。それはなぜでしょうか。

かつて、あらゆる生産物は高度な職人芸によって生み出されていました。絵描きも職人であり、写真も無かった時代であれば見たものをそのままに美しく描けることが最も重要な技能だったのです。しかし、近代の産業革命以後、生産物は機械によって素晴らしい品質のものが大量に生産されるようになりました。職人的技能は過去のものとなり、芸術家に求められるのはいかに過去を踏み破って新しいものの見方、感じ方を人々の前に示すことができるか、ということになりました。

だから、技能よりもずっとその精神が重要になってきたのです。芸の世界では幼いときから一心にその技芸を心身に叩き込みます。過去から継承されたものを忠実に写し取って行く必要があるからです。しかし、芸術の世界ではこういうことは全く意味が無い。ところが、こうした芸の世界だけで通用することを芸術の世界にも当てはめようとするから混乱がおこってきます。

アマチュアでいい、美しく描こうとしなくていい
今日の芸術はうまくあってはいけない、きれいであってはいけない、ここちよくあってはならない、と岡本太郎は宣言しています。芸術は常に古いものをぶち壊す激しさ、わかるとかわからないとかいうことを超えていやおうなしにぐんぐん迫ってくるようなものであるべきなのです。うまい絵を描こうとしてはならず、生の自分をぶつけるようにして描いていくことが現在の絵画に必要なことです。

アマチュアでいい、美しく描こうとしなくていい、というのはこういうことです。技能として美しく描くということは、時間がかかったとしても習い覚えることができます。しかし、人間精神の根元からふきあがる感動は習い覚えられるものではありません。その感動を描くというのであれば、うまくはなくてもりっぱな作品が描けます。一方、技能がいくら優れていても、熟練だけの絵はちっとも面白くないのです。


今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)
今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)
岡本 太郎

関連商品
日本の伝統 (知恵の森文庫)
自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)
強く生きる言葉
芸術と青春 (知恵の森文庫)
青春ピカソ (新潮文庫)
by G-Tools

« 人生の意味 | トップページ | 詩のこころを読む »

絵・デザイン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 人生の意味 | トップページ | 詩のこころを読む »