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2009年8月12日

人は死ぬ時何を見るのか

◇◆第604回◆◇

4531080688人は死ぬ時何を見るのか―臨死体験1000人の証言
カーリス・オシス エレンドゥール・ハラルドソン 
笠原 敏雄 (訳・解説)
日本教文社 1991-06

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死後生存仮説を検証する試み
本書の特徴は臨死体験だけでなく、実際に亡くなってしまった人が亡くなる間際に特異な体験をしたように見受けられるケースを選び、その体験の意味を考えている点です。文化的・宗教的な影響も考慮してアメリカとインドというかなり異なる背景を持つ国から対象を選び、そうした事例に遭遇した医療従事者に聞き取り調査をおこなっています。初版は1979年に発行されており、この分野では先鞭をつけた本のひとつでしょう。

オシスはラトヴィア生まれでアメリカに渡った超心理学者、ハラルドソンはアイスランド生まれの超心理学者です。本書は死に瀕した人が見たり体験したりしていると思われるもの、そのときのその人の変化を検証し、死滅仮説(死は、人間の人格の究極的死滅)と死後生存仮説(死は、現世とは異なる存在様式への移行)のいずれがより真実に近いか、を考察しています。

予備調査として医療従事者に患者が人物の幻覚、場面の幻覚を見た場面に遭遇したことがあるかどうか、さらに死を目前にして急に気分が高揚し、楽しそうになったり、安らかになったりした例があったかどうかを聞いています。ここから得られた回答をクロス集計し、カイ自乗検定で交互分析をおこなっています。統計結果に基づく数字の記述が多く、このあたりは専門家でなければ煩雑です。しかし、それだけ厳密に統計手法を用いたという姿勢を示す必要があったのでしょう。

霊姿とは
人物の幻覚とは、ここで「霊姿」という言葉で示されています。亡くなっていく人だけに見え、他の人には見えない人物像です。これは大きく二つに分けられ、人物である場合と宗教的存在(イエス、聖母マリア、天使など)である場合、人物であればまだ生きている人かすでに亡くなっている人か、で検証されています。死と関係した霊姿の場合、人物ではすでに亡くなった親族(両親、祖父母、配偶者、同胞、子どもなど)である場合がほとんどです。そして、それまで心身の激しい苦痛にさいなまれていた患者であっても、はっきり安らかな表情に変ります。宗教的存在を見た場合も同様です。

これらは「あの世」から自分を迎えにやってきたものと患者には認識されるようです。こうした人や存在が患者の願望の投影でないことは、全く死を予期していなかった人のところにも現れ、その後医学的には説明がつかない状態で患者が亡くなってしまうという事例があることから見て取れます。また、来世を信じていない人のところにも現れています。

つまり、霊姿は患者の脳内幻覚ではなく、何らかの外界からの作用と考えられるのです。霊姿が患者を訪れる目的は、患者を受け入れ、あの世へ導くことだという説明が最も妥当です。患者はみな同じように「晴れやかな表情」になります。常識的に考えれば死は人生最大の悲劇であるにもかかわらず、患者の気分は高揚し、安らぎと一種の崇高な宗教的感情に満たされます。

あの世を見る
霊姿が「あの世」からの訪問者だとしたら、逆に患者があちらへ一時的に連れて行かれ、むこうの様子を見るという現象も生じます。これを「場面の幻覚」として調査しています。臨死体験者が語るものはほとんどがこちらでしょう。川、門、お花畑などこうした場面の幻覚で登場する事物はすべてこの世にあるものです。また文化的背景によって見るものも異なります。

しかし、それはこの世の認識とこの世の言葉で説明するしかないからであり、アメリカとインドの双方の事例に共通しているのは「この世のものとも思えない美しく素晴らしいところ」「すべてが光り輝いていた」といった"事物の背景にある雰囲気"です。それゆえ、瀕死の状態に陥っている患者を救った医師が、「何で連れ戻したのか」「せっかく素晴らしい体験をしていたのに」、と目覚めた患者から抗議されたという話もいくつか載っています。

死後生存が真実だとしたら
これらの研究から著者たちは死後の世界はやはり存在すると考えられると結論付けています。さらにもっと多くの研究者がこの問題について真剣に取り組む必要があるとの提言もしています。なぜなら、もしはっきりと死後の世界が存在し、この世を離れた後も別の次元で活動が続いていくとしたら、人類はいかに生き、いかに死すべきかという問題に対するこれまでになかった実在論を手にすることになるからです。

著者たちは終章に現在のラザロの言葉として次のように語らせています。

---死のときが来ても溶けてなくなってしまうわけではありません。これまで経験したことのない世界に飛び込むようなものです。このうえなく気分がよくなり、幸福感がひしひしと迫ってきます。そしてみなさんの肉親あるいは宗教的な人物がきらめくような光の中に姿を現します。誰があらわれてもうっとりされるでしょう。心地よく力強いものがあなたを包みます。

何をごらんになってもすべてが違って見えるでしょう。あなたを助けようと必死におこなわれている蘇生処置も、涙を流しておられる親族の方々の胸が張り裂けんばかりの悲しみも的外れなことに思えます。さらに、最愛の相手に対するつとめ、お仕事、みなさんご自身が大きな関心を寄せておられたあらゆることは、ちっぽけなまるでつまらないものになりさがり、ドライフラワーのように色あせるでしょう。そして喜びが突然あふれ、あの世へ行く覚悟ができるのです。


人は死ぬ時何を見るのか―臨死体験1000人の証言
人は死ぬ時何を見るのか―臨死体験1000人の証言
カーリス オシス エルレンドゥール ハラルドソン 笠原 敏雄

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