« ブラック・スワン | トップページ | 短編小説を読もう »

2009年7月24日

心が脳を変える

◇◆第596回◆◇

4763194976心が脳を変える―脳科学と「心の力」
ジェフリー・M・シュウォーツ、シャロン・べグレイ 吉田 利子(訳)
サンマーク出版 2004-06

by G-Tools

心は宇宙を構成する基本要素
著者は強迫性障害(OCD)治療の世界的権威であり、本書ではその経験から、心は脳が生み出す”幻想”ではないこと、心が脳の方向づけをしていくことをさまざまな実験、理論を駆使して明らかにしています。唯物論ではなく、古典的二元論でもない、心身問題に関する新しい見方を示しています。治療経験と瞑想と仏教哲学、さらに量子論を基に、「意識(心)はそれ以上何ものにも還元しえないこの宇宙を構成する基本要素のひとつであろう」、というのが著者の見解です。

OCDへの認知行動療法から心の力を見る
OCDとは、ある考えがしつこくつきまとってはなれず、どうしても何かをせずにはいられない(手を洗わずにいられない、確認せずにはいられないなど)状態になり、日常生活に支障が出るつらい症状をさします。OCDでは脳の刺激信号の伝わり方が変調をきたしており、PETでもそのことは確認できます。著者は、刺激信号が出てもそれに従わない努力を続けることによって、信号の伝わり方を変えられるのではないかと考え、薬物を全く使わない認知行動療法を編み出しました。

症状が起こってきたとき、それを観察し、それは間違った信号だと認識した上で、それとは異なる行動をとることで、患者の多くが長年の辛い症状から解放されていきました。PETで脳の活動領域を調べてみると、実際に患者の脳の状態が変わっていることが確認できます。この治療経験から著者は背後にある深い意味に気がつきます。

信号が出続け、不安で胸がどきどきしているにもかかわらず、手を洗うのはやめて、代わりに庭へ出て薔薇の手入をしようと決意した瞬間、患者の中では何が起こっているのか。信号が出ているとき、回路はふたつとも活性化し、どちらも働く用意ができている、それにもかかわらず、心の中の何かが、一方ではなく、別の回路を選ぶ、その何かとは何なのか。物理化学的ではない何かが物理化学的な脳に影響を与えている、心身問題からみた深い意味とは、ここです。

関心、意志が治療を促す
著者は意識(心)を関心、意志というものに絞って考えています。本書の中盤では、脳卒中で片麻痺になった患者のリハビリについて興味深い事例が出てきます。患者に意欲が残っていれば、健常側を拘束して使えないようにし、あえて麻痺した側を使用するよう心がけると回復の度合いが大きいというのです。運動神経をつかさどる部分が障害を受けていても、意志が脳の配線を切り替えて回復させる、と考えていいでしょう。

これは、体験的にはある程度誰でも知っていることです。唯物論を極端に推し進めれば、人間に自由意志はなく、従って犯罪もその”個人”の責任を問うことはできないという論理が成り立ちます。その人がその罪を犯してしまったのは、環境と遺伝子による物理化学的作用の結果だからです。しかし、それをそのまま社会に適用することは倫理的に困難ですし、直観に反します。では自由意志とは何でしょうか。意志や関心はどのように脳に影響を与えているのでしょうか。

量子論で心の力を推し量る
著者は仏教哲学と同じくらいウィリアム・ジェームズからも影響を受けており、本書の中でたびたび彼の言葉が出てきます。19世紀の哲学者であったジェームズの思想は100年の時を越えて心というものの力を的確に表現していると述べつつ、なぜそれがその時代にあまり受け入れられなかったのか、の理由を物理学に求めています。ジェームズの時代は古典的物理学さらに唯物論的な考え方が大きく支配した時代でした。何もかもがそれでうまく説明でき、当然人の心もそうだろう、という極論になったのです。

しかし、今や古典物理学は量子物理学に取って代わられています。そして、心の働き方を著者は量子論を例えに説明していきます。古典物理学では観察者は観察しているものの外側に立っていることができました。ところが、量子論では、観察者の存在が結果に大きな影響を与えます。量子論では、現実は観察という行為が行われるまでは波動関数であらわされる確率の重ね合わせの状態にあります。観察という行為が行われたとたん波動関数はただひとつの状態に収斂するのです。

これがあまりにも奇妙なのは、”シュレディンガーの猫”という思考実験によって有名です。アインシュタインですら受け入れられず、「空をみあげようがどうが、月はそこにある」と言いました。しかし、量子論の世界では違いますし、実験によってもこれが確かめられています。確率の重ね合わせの状態にあるものに意識(観察)が介入することによって、状態があるひとつのものに収斂していく、これを自由意志の現れとして著者は本書の終盤で説明を加えます。

自由意志とは、「しない意志」
行動するときに現れる筋肉の電位の変化の方が、人が意志を自覚するときよりも早いという実験結果が話題になったことがあります。自由意志の否定ととる人もいたようですが、著者の見方は異なります。自由意志とは、「する意志」であるよりも、「しない意志」ではないか、というのです。脳は常に準備を整えた状態で、さまざまな信号を送り出し続けています。これが筋肉の電位の変化です。それをキャッチして、するかしないかを決めるのが自由意志です。行動の可能性が量子論的な確率の雲として脳内を巡っており、そこに自由意志が介入することによってひとつの状態に収斂し、行動として現れてくる、そういう意味です。

自由意志のこの役割を宗教や倫理が使う言葉とも対応させています。宗教や倫理の戒めは「汝~をするなかれ」という言葉になっています。殺すなかれ、盗むなかれ、姦淫するなかれ…。衝動の手綱を握り、自分をコントロールせよ、と教えているのです。ブッダは「すべてにおいて慎むことは素晴らしい」という有名な言葉を残しています。そのままではぎりぎりと衝動のままに動くしかない自動機械に介入し、知恵を働かせる、それが自由意志の役割なのです。

意識とは、著者にとってはそれ以上還元不可能な宇宙の「基本的データ」です。心身問題を考える場合、ここで見解がまだ分かれてしまっているのでしょう。それを何かに還元できるはずだという人とそうでない人と。重力や強い力、弱い力、といったものは、それ以上還元することができません。同様に内的な体験(クオリア)を持つ意識というものもそれ以上何かに還元できるようなものではないし、説明できるはずもない、と著者は述べています。

心が脳を変える―脳科学と「心の力」
心が脳を変える―脳科学と「心の力」
ジェフリー・M. シュウォーツ シャロン ベグレイ Jeffrey M. Schwartz

関連商品
「脳」を変える「心」
不安でたまらない人たちへ―やっかいで病的な癖を治す
脳を鍛えるには運動しかない!―最新科学でわかった脳細胞の増やし方
脳は奇跡を起こす
最新脳科学で読み解く 脳のしくみ
by G-Tools

« ブラック・スワン | トップページ | 短編小説を読もう »

心身問題」カテゴリの記事

コメント

はるさん、コメントいただきありがとうございます。

緑や水や土と触れ合うことは人間にとって理屈を超えた大切なことなのでしょうね。こういうことの大切さというのは計器ではかったりはできないのでしょうけれど、もう、不可避的に大切というか…。

こういことがあるということからも唯物論というのはどこか無理がある、と思えます。物理化学作用だけで人間が生きていけるなら、自然も芸術も不用になりますから。

心身問題について、いくつか読んでいくうちに、唯物論の矛盾点についても学べたのでよかったな、と感じています。どうしてしっくり納得できなかったのかが理解できてきました。

唯物論というのは極度な単純化をすすめ、一番肝心なところから目をそらしてしまう論法だと思います。わからないことをわからないと認めず、「わからないこと」は「無いこと」として無視している。納得できるわけもないですね。

COXさん こんにちは♪

強迫性障害は不思議な病気ですね。極度の潔癖症もその一つですね。
土いじりがそれを治癒するのは個人的にもとても実感できます。
毎日毎日資料やパソコンと格闘していますが、1日に1回は必ず部屋を出て庭の花壇の手入れや、野菜の収穫をするようにしています。土をいじることによって不思議な安心感というのが生まれるんです。
花が順調に育って良かったとか、今日は野菜が大収穫だったとか、そういった太古の人類が持っていた本能的な感情というのは現代でも大切にしたいものです。

NASAの宇宙ステーションの日課には、必ず1日に1回植木に水をやるというミッションが組み込まれているそうです。別に実験でも何でもないそうです。暗黒で孤独な宇宙の中で緑が育つのを見ると宇宙飛行士の心理状態を安定させるのに猛烈に役立つそうです。

我々は、不可避的に資本主義の中で生きて行くことを余儀なくされていますが、僕個人的には「資本主義には関わるけど、資本主義に魂までは売らない」「資本主義のために人間があるんじゃなくって、人間のために資本主義があるんだ」ということは忘れないようにしたいと思います。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ブラック・スワン | トップページ | 短編小説を読もう »