« もう、不満は言わない | トップページ | 霊の発見 »

2009年4月 4日

冥途のお客

◇◆第544回◆◇

4334974635冥途のお客 夢か現か、現か夢か
佐藤 愛子
光文社 2004-09-22

by G-Tools

抱腹絶倒の霊界話
著者は50歳のころから突如として霊媒体質に変ってしまいました。それに伴って今もずっと起こっている珍騒動の数々が綴られています。「珍騒動」というのは、霊媒体質ではない人にとっての話であり、そういう人はそういうことをマトモには信用しません。わからない人にはわからないし、ムキになって説明しても無駄という達観のもと、語られるこれらのお話は、霊現象といいながら抱腹絶倒のおもしろさです。お腹の皮がよじれそうでした。

帯に「あの世から千客万来」とあるように、著者のもとにはいろいろな故人が訪ねてきます。著者は美輪明宏や江原啓之といった霊能力者とも親交が深く、あるとき江原啓之と電話中に、突然「今、遠藤周作先生が佐藤さんの部屋に来ておられます」と言われ、驚きます。遠藤周作は生前著者に「死後の世界はあると思うか」とよく訊いていたといいます。著者は霊媒体質になっていましたから当然、「ある」と言い切っていました。

遠藤周作は「もしあるなら、君が先に死んだら、幽霊になって出てきてあったといってくれ、オレが先に死んだら、あったと教えてやるから」と言っていたといいます。江原の言葉をきいて、遠藤が約束を果たしにきたのだ、と著者は愕然とします。さらに江原の目を通して、すでに故人になっている作家仲間(開高健、有吉佐和子、川上宗薫)とあちらで座卓を囲んでいる様子まで見せてくれたのです。

霊能力者は電波受信機のようなもの
著者は霊媒体質ではあっても美輪や江原のような霊能力者ではありません。こういう能力は大きな差があり、同じ霊能力者と名乗っている人でもまたそれぞれ違うといいます。波長の違いによってどのような霊のどのような情報を受け取られるかがそれぞれ異なります。電波受信機のようなものでしょう。狐霊(これは本物の狐とは違います)がとりついて、頭の中で声が聞こえるという人の話も出てきます。考えてみれば、精神疾患とされているものの中にはこういうものがかなりの割合を占めるのかもしれません。

低い波動の狐霊、狸霊、蛇霊といったものの波動しか受け取れない人もあれば、地縛霊や色情霊といったややこしい霊魂の影響を受けてしまう人もいるようです。自殺の名所とか魔の踏切などと呼ばれているところは地縛霊との、突発的な色情犯罪や理由のよくわからない無差別殺人などもこういう成仏できない霊魂との関係がある、と著者は書いています。

犯罪で「まさかあんないい人が」とみんなが仰天するような事件がおこることがあります。これはそういう霊と波動があってしまったためだ、というのです。ただし、そういうものと波動があってしまう、というのもこちら側にもそれ相応の理由がある場合もあります。このあたりは科学や理性で説明しかねる世界がある、と肌で感じるしかないでしょう。

誰にも多少はそういう能力があるかも
私はこうした霊的な能力は全くありませんが、子どものころは少し違っていたかも、と思います。見えるというのではないのですが、何となく「気配」のようなものを感じとる能力はもう少しあったような気がします。本書の中でも著者が霊媒体質になる直前に、ホテルの部屋でなんともいえない恐怖感にかられて部屋の電気を消せず、重苦しい一夜を過ごすところが出てきます。ここを読んで、子どもの頃の漠然とした恐怖感を思い出しました。

思春期あたりを境にすっぱりとそういう感覚がなくなってしまい、暗闇だろうがなんだろうが全く平気になってしまいましたが、近頃は少しそういう感覚が蘇りつつあるのかもしれない、と思っています。もし、霊が見えたりするようになったら、それはそれで、ちょっと困るとも思いますが。

冥途のお客 (文春文庫)
冥途のお客 (文春文庫)
佐藤 愛子

関連商品
私の遺言 (新潮文庫)
あの世の話 (文春文庫)
今は昔のこんなこと (文春文庫)
こんなふうに死にたい (新潮文庫)
日本人の一大事 (集英社文庫)
by G-Tools

« もう、不満は言わない | トップページ | 霊の発見 »

エッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« もう、不満は言わない | トップページ | 霊の発見 »