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2009年4月 5日

霊の発見

◇◆第545回◆◇

458283325X霊の発見
五木 寛之×鎌田東二
平凡社 2006-09-26

by G-Tools

日本的霊性について語り合う
仏教に造詣の深い五木氏と宗教哲学者であり神道の神主である鎌田氏が仏教と神道を中心に日本的霊性について対談したものです。題名のような今さら何かを発見するというようなことではなく、読者それぞれが霊性というものについて何か考えるきっかけとなれば、という趣旨の本ではないでしょうか。実際、霊性というものについて、明確にこれと言えるわけなどなく、いわくいいがたいものだから霊性というのだろうな、と思いました。

科学でとらえられるようなものではなく、さらには宗教でもくくれない、何か漠然とした、しかし、「ある」としかいえない何か、誰もがどこかでその片鱗を感じ取ってしまう何かが霊とか霊性とかいうものではないでしょうか。「えたいのしれない」ものだからこそ持つパワーがあり、そうしたことについても語られています。

日本は類稀なる宗教国家
日本人は宗教性が薄いといわれがちですが、それは一方的な見方かもしれません。日本で宗教法人として活動しているお寺は7万4千、神社は8万、これは公的なものですから、それ以外の小さいものもふくめると神社、祠、お寺の数は20万から30万にのぼると鎌田氏は語っています。信仰は民衆の物心両面のサポートなしでは成立しません。つまり、これだけの神社仏閣が成立しているというのは、それが日本的心性・霊性・宗教性に触れているということです。

日本はアニミズムが現在も色濃く残っており、神社のご神体は自然の岩や滝というところが珍しくありません。さらに針供養などのように、自分の使っている道具に魂が宿っていると考える独特の霊的な考え方が違和感なく受け入れられています。日本人にとって霊性というのは、学んだり論じたりするものであるよりもまず感じ取るものであり続けたのでしょう。

霊的コミュニケーションによって呼び起こされるもの
霊がいろいろな装置をとおしてこちら側へ呼びかけてくれ、霊とのコミュニケーションが成立して自分の中に深い気づきを呼び起こしてくれる、霊はそういう力を持っている、と鎌田氏は言っています。「つまり、霊的現象を認めることは、コミュニケーションの幅というか、世界がひろがって行くことでもあると。霊的コミュニケーションには、ものの見方を開発してくれるような、耕してくれるようなメッセージ力があると思うんです」

本書でも触れられている春日若宮おん祭りの深夜の神事を、2年前に見せていただく機会がありました。若宮さまが神職たちに先導されてお旅所まで向かわれるのですが、このときの「おーん」という神職の方たちの声とともに通り過ぎていく「何か」、お腹のあたりがざわざわとして、まさしくそこに確かに神様がいらっしゃる、という感覚を持ちました。あれは、体験しないとわからない独特の感覚です。そして体験してもそれを具体的な言葉で言い表すことができない、そういう不思議なものです。

本書を読んでどうしても試してみたくなったものに石笛(いわぶえ)があります。自然の石に穴があいたものを吹くらしく、縄文時代からある日本最古の笛です。鎌田氏の石笛の演奏を聴いた五木氏は「笛の音色が、直接、魂の中に染み渡るような気分になりました」と言っています。また、三島由紀夫は『英霊の聲』という小説の中で「心魂をゆるがすような神々しい響きを持っている……私はいつも、眠っていた自分の魂が呼び覚まされるように感じる」と書いています。いったいどのような音色なのか、吹いてみたい。


霊の発見 (角川文庫)
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五木 寛之 鎌田 東二

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