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2009年1月30日

きっと忘れない―ZARD‐OFFICIAL BOOK

◇◆第517回◆◇

4916019490きっと忘れない―ZARD‐OFFICIAL BOOK
ビーイング
ジェイロックマガジン社 2007-08

by G-Tools

ZARD・坂井泉水の姿をスタッフの証言で綴る
2007年5月27日に急逝したZARDのボーカル坂井泉水、本書は16年間に渡って彼女を支えてきたスタッフの証言をもとにその横顔を綴っています。女性ボーカルとして歴代1位のCD売上げを記録するほどの大成功を収めながら、生前ほとんどメディアに登場しなかったZARD、それがなぜだったのか少し理解できます。また、才能を伸ばし育て開花させていくとはどういうことなのか、ということについても学べます。

ZARD・坂井泉水が誕生するきっかけになったのは90年8月、B.B.クイーンズのバックコーラスを選ぶオーディションでした。当時まだ本名でモデル活動をおこなっていた彼女は、ビーイングのプロデューサー長戸大幸の前で歌います。そして、長戸は彼女をメインとしたバンドZARD結成を決めました。

きれいで普通っぽい女の子が持っていた驚くべき声
きれいで普通っぽくておとなしい女の子、当時の彼女の第一印象はどのスタッフもほぼ同じでした。ただ、その女の子がマイクの前に立って歌いだしたとたん、誰もがその声質のよさ、声量に圧倒されます。さらに日本語の歌詞を歌ったときの言葉のまっすぐな伝わり方は最大の個性でした。

ZARDは最終的に彼女の個人ユニットになっていきますが、そうなっていくいきさつも描かれており、このあたりは運命の不思議さに思い至ります。ロックバンドというコンセプトでスタートし、91年2月に『Good-bye My Loneliness』でデビュー。メディアに出ないことで知られたZARDですが、93年の6番目のシングル『負けないで』までは、それでも音楽番組へ何度か出演しています。

パフォーマンス能力にあった大きな穴とスタッフの決断
当時の映像をYouTubeなどで見ることができますが、素人目に見ても彼女がひどく緊張しているのがわかります。モデルをやっていたのに、と不思議に思うのですが、彼女は大勢の前で当意即妙の受け答えをするといったことが非常に苦手だったようです。素晴らしい歌唱力、申し分のない美貌とスタイル、それなのに、メディア向けのパフォーマンス能力に大きな難点がある…。

ここでスタッフは思い切った決断をします。彼女の個性を尊重しその後はメディアに出さない、という方針に転換したのです。まだインターネットもなく、テレビは最大のプロモーション手段だったはずです。しかし、これが結果的には大成功しました。さらにもうひとつ、これと似た大成功が映像の上でも実現します。

ZARD独特の映像世界の誕生
彼女が亡くなったというニュースを聞いたとき、私はすぐにはどのような顔の人だったかというのが浮かんできませんでした。メディアに本人が出なくなってからもジャケット写真はとりあげられていましたが、そのいずれもがうつむき加減に微笑んでいたり、どこか遠いところを見ていたり、横顔だったりといったもので、カメラを見つめている写真を見た記憶がなかったからです。

ジャケット写真がこうしたものになっていったことの背景にも彼女の緊張しやすさがあったようです。ここでもモデルだったのに、と思うのですが、モデルとして写真に映るのと、アーティストとしての映像とは根本的に違います。カメラを向けたとたん、表情からZARDらしさが消えてしまう…、これが問題でした。ここでカメラ目線にこだわらなかったのはスタッフの慧眼です。

ふとした表情にある魅力を活かす
表情をうまく作れない、しかし、自然にしているときのふとした彼女の表情は人を惹きつけるものがありました。そこで、これを活かすためにさまざまな工夫をこらしてその後の映像は撮影され、独特のZARDの世界を表現したジャケットが出来上がっていったのです。透き通るハイトーンボイスとあの謎めいた写真の相乗効果は計り知れないものがあったと思います。

坂井泉水はZARDを自分ひとりのものではない、と常に話していたといいます。スタッフに支えられ、その中でボーカルとしての役割を果たしているのが自分だ、と。それはこうしたZARDのコンセプト確立の経緯から無理からぬことだったでしょう。

天才の能力発揮を助けたスタッフの力
それでは、彼女はスタッフに担がれたお神輿だったのかといえば、これは全く違います。彼女は比類ない才能の持主、天才です。スタッフの見事さはその天才が持っている魅力を生かし、難点さえ利点に変えられる方法を模索し、最大限の能力を発揮できるよう助けたことです。

本書の「レコーディング」と「作品」の章を読むと、彼女が常人には真似できない集中力と粘り強さ、自己の作品に対する冷静な批評眼を持っていたことがわかります。メディアへの露出もライブもおこなわず、彼女はアーティストとしての活動期間のほとんどをレコーディングブースにこもって自己の作品を磨きあげることに専念しました。

あれほどの売上げを誇ったボーカリストであるにもかかわらず、16年間の活動中、まともなライブツアーは2004年に全国9会場で11回の公演をおこなった"What a beautiful moment"ただ一度だけです。

妥協をしらない作品へのこだわり
ふだんの生活では控えめで気配りができる女性と評されている彼女ですが、こと自分の楽曲になると譲れないシビアな要求を持ち、妥協することがありませんでした。納得のいくまで何度でも歌い、ミックス作業を繰り返す。そして、制作チームもそんな彼女の姿勢を支え、どこまでもついていく心意気がありました。

ひたむきな作品への集中を可能にしたのは、メディアへのパフォーマンス能力に難があったことの裏返しともいえ、もし、そこの部分が違っていたら、ZARDは今一般に認識されているようなZARDにはならなかったかもしれません。苦手なメディア露出から身をひき、自己の興味と嗜好にあったスタジオでの音楽制作に全精力を傾けた、それがZARDサウンドを質の高いものにしていったのです。大きな賭けでしたが、賢明な選択でした。

彼女は子どもの頃から自分の好きなことに対しては時間を忘れてのめりこむ性格だったらしく、そうした志向にぴったりあいました。さらにこれは、ZARDの詞の世界にもつながっています。彼女は電車でレコーディングスタジオに通い、人びとや街の様子、スタッフとの何気ない会話から言葉を拾い集め、独特な詞の世界を生み出していきました。メディア露出の度合いが高かったらこんなことは不可能だったでしょう。

人生を捧げて
本書の最初にスタッフの「彼女が人生を捧げたZARDの音楽を忘れない」と書いた文章が載っています。捧げるってそんな大げさな、と思いますが、本書を読むと、文字どおり彼女はそういう生活を送り、全力で短い生涯を走り抜けた人だったのだと知らされます。彼女の人生をどう感じるかといえば、私は率直に、うらやましく思います。

彼女が非常な成功を収めたとか、莫大な印税を稼いだとかそういうことでうらやましいと思うのではありません。人生を捧げられるほどのものに出会い、自分が与えられた使命に向かって一途に生きることができた、それがうらやましいのです。

まっしぐらに走り抜ける
人は誰でもみんなそれぞれの使命を持ってこの世に生まれてくる、と私は思っています。問題はそれを知覚できるかどうか、ということ。彼女は(天才というものはみんなそうでしょうが)幸か不幸かそのようなことに疑問を抱く余地もなく、ミューズから流れ込むインスピレーションを体現しながらただひたすら音楽と対峙して生きることができました。

レコーディングブースでのボーカルレコーディングの際、彼女はカーテンを引いてスタッフにも姿を見せなかったといいます。その空間で彼女は何を感じていたのでしょうか。ゾーンという状態に入ったスポーツ選手の心理状態に似ていたのかもしれない、と勝手に想像します。そのときその人はその人個人ではなく、何かもっと大きなものの一部になれるのです。

励ましの歌
亡くなった直後、NHK「クローズアップ現代」がZARD・坂井泉水を「時代を励ました歌」として取り上げていました。もちろん、彼女の歌は単なる励ましソングではなく、もっと様々な要素を含み、深みや広がりのあるものです。曲調の幅は広く、シングルカットされている楽曲だけでもハードロックから演歌調のものまであります。ポピュラー音楽ですから、ベースはラブソングです。

しかし、それは坂井泉水個人の私的感情というよりも、すべての人の普遍的な憧れ、ときめき、願い、不安、孤独感などを反映しており、さらにはそれらの歌のどこかに人をそっと励まし、勇気づけるようなフレーズが入っています。それが人びとの心にしみたのです。「私は言葉を大切にしてきました。それが音楽で伝わる事を願っています」と語った作詞家&ボーカリスト坂井泉水だからこそできたことだといえます。

何か大きなものから
ZARDのデビューは91年、バブルが崩壊し、社会不安が増大していた頃です。最大のヒットであり、彼女の名を一躍知らしめた『負けないで』のリリースが93年、2年後に阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こっています。

失われた10年といわれ、日本社会が根底から揺さぶられた90年代は、彼女が健康に恵まれ、最大の能力を発揮できた時代でした。このような大きな仕事をする人の登場は、その人個人の力だけではなく、もっと大きな何かがあるように思います。

「どうして神様はこんな素晴らしい人を早々と連れて行ってしまうのか」、というファンの方の嘆きの書き込みがYouTubeのコメント欄にありました。でも、逆にこう考えてみたらどうでしょう。よくぞこの時代に神様は彼女のような人をこの世に遣わしてくださった、と。

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コメント

はるさん、コメントいただきありがとうございます。

まさか、ZARDに惹かれてそれに関する本を読むときがこようとは思っていませんでした。「負けないで」くらいしか知らなかったのですが、偶然、YouTubeで見て、とても素敵な音楽を作っていた人なんだ、と今更ながらに再発見。

さらに、映像を見て美女だったのに驚きました。単に顔が美しいというのじゃなく全体に気品がありますね。そこで、次に湧いてきた疑問が、これだけ美しい人だったのになぜ、メディアに全く出なかったのだろう、ということでした。

YouTubeでわずかなメディア露出の映像をたぐって見ていくうちに、彼女は根本的にそういうことが苦手だったに違いないと感じました。いたいたしいほど緊張しているのが伝わってきます。バラエティー番組でぎゃははと笑ったりはできないタイプです。

ただ、そこでスタッフが彼女の個性を尊重したのが凄いと思いました。才能を伸ばし育てる側が持つべき姿勢をスタッフが持っていた、おかげで彼女は自分の才能を思う存分発揮するチャンスに恵まれたのだと思うのです。

彼女の死について、自殺説を本書ではとっていません。警察の公式発表でも事故とされているようです。私も最初にニュースを聞いたときは自殺だろう、と思っていました。理由は、癌闘病中だったこと、優秀な人ほど自殺の危険度が高い(『早すぎる夜の訪れ』という自殺を扱った本で読みました)という統計結果があることなどからでした。

しかし、本書を読んで、事故だった確率が高いと今では思っています。早朝の時間帯の手すりからの転落による死亡ですが、遺書がないこと、身辺整理をした形跡が無いこと、手すりが1階と2階の間で高さ3mほどと低いこと、仕事への復帰の準備を意欲的に進めていたこと、などからです。

さらに彼女はオフィシャルなイメージでは、楚々とした美女ということになっていますが、実際には好奇心旺盛で、運動神経抜群、ちょっとやんちゃな側面も持った楽しい人だったようです。

モデル時代のインタビュー映像がリラックスした雰囲気で残っているのを見ました。最後に一言、と尋ねられて、彼女はカメラに向かいポーズつきで「がちょーん」と言っています。笑ってしまいました。

彼女は詞を作る人であり、アーティストです。そういう人は内面にずっと子どもの部分を持っているものです。頭の固い大人の常識人とはやや趣を異にする見方、行動様式を持っていたに違いないのです。早朝の散歩で何か面白いものを見つけたのかもしれません。その雰囲気は理解できます。

「責任感が強く、万一そういうことがあれば絶対に自分の言葉を残されたはずだ」とのスタッフの方の言葉には納得できるものがあります。言葉をつむいで生きて来た人が、最後に自分の言葉を残さずに自ら逝くなどというのは考えられないでしょう。

彼女のことをスタッフの方が「ZARDの坂井泉水としては、どこか遠くから指令を受けてやっていたのかなという気がしています」と述べています。これだけ素晴らしい活躍、さらにはこの謎めいた亡くなり方、なんていうか、やっぱり”遣わされた人”かな、という気が私はしますね。

COXさん こんにちは〜♪

ZARDの坂井泉水さんは素晴らしい歌声には僕も深く心打たれるものがありました。

歌手というのは水物でスポンサーも歌手本人も1年2年でできるだけ稼いで、あとは使い捨て、というような世の中ですが、コンサートやテレビ出演を全くせず、ひたすらレコーディングに集中する坂井さんの真摯な姿勢には敬服していました。坂井さんはもの凄い美人さんですが、坂井さんの顔はCDのジャケット写真でしかお目にかかれませんでしたね。それだけレコーディングに掛けた思いが強かったのですね。

坂井さんの自殺の原因となった子宮頸部ガンは性的交渉によるヒトパピローマウイルスによる感染症が原因でなる疾患です。世界で年間数十万人もの女性がこのウイルス感染症によるガンで命を落としていますが、何と米国Merck&Coと英国GlaxoSmithklineがこのウイルスのワクチンを開発することについ最近成功しました。米国では既に販売開始され、ティーンエージャーの女子への接種が普及し始めています。もの凄い技術革新でして、このワクチンを2回接種するだけで生涯のあいだ子宮頸部ガン感染のリスクを99%阻止できるという驚くべき効果を持つワクチンです。まだ日本で開発中ですが、数年以内に許可になる予定です。

願わくば、あと10年早くワクチンが上市され、坂井さんもワクチンにより感染を免れ、致死率の高いガンに冒されなければ、このような悲劇は生まれなかったのですが・・・。医学の発達によりかろうじて命拾いする人もいれば、僅かな年数の差で病気に対して医学の発達が追いつかないケースも多いです。しかし、人生の殆ど全てのことは縁や運が左右するものです。ひたすら坂井さんのご冥福をお祈りするのみです。


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