市場リスク 暴落は必然か
◇◆第506回◆◇
![]() | 市場リスク 暴落は必然か リチャード・ブックステーバー 遠藤 真美 (訳) 日経BP社 2008-05-22 by G-Tools |
●市場が暴落を繰り返すのはなぜ?
著者はモルガン・スタンレー、ソロモン・ブラザーズなどで計量分析、リスク・マネジメントを担当し、1987年のブラックマンデーと1998年のLTCM破綻を身近で経験しています。現在、世界の市場はアメリカの金融危機に端を発する暴落の嵐の中にあり、100年に一度の危機とすら言われています。しかし、本書を読むと、この程度の危機はこの先くり返し襲ってくるのではないか、と思います。
市場では、投資家のニーズを満たすために次々と新しい商品が開発されてきました。リスクをヘッジしてさらなる利益を得られるものを求め、さらに平等な競争条件を実現するために情報は瞬時に伝わるようになり、規制や監視が行われています。ところが、こうした金融イノベーションによって投資のリスクは逆に高まっているようなのです。
現在の市場は流動性もリスクヘッジもコンピュータに支援されています。プログラム化されたこれらのシステムは、平時には迅速に働き市場の恒常性を保っています。ところが、何かをきっかけに臨界点を超えると、システムが暴走を始め、想像できなかったような負の連鎖が瞬時に姿を現すのです。
今年の危機でもそれははっきりしていました。金融危機で金融システムの流動性が干上がってしまったのは記憶に新しいですし、相関性がなくヘッジになると思われていた世界市場のさまざまな金融商品が一斉に同じ方向に動きました。世界同時株安という言葉を何度聞いたでしょうか。今日の金融市場は互いに強固に結びついており、それが危機を増幅させる装置として働きます。
●複雑性、密結合、ノーマル・アクシデントが引き起こす惨事
これらを「複雑性、密結合、ノーマル・アクシデント」として、第8章で取り上げています。市場の複雑性を増すものの例として数多くのデリバティブ商品があります。これらは個々の要望に応じて自由に設計することができるという利点があります。しかし、それが逆回転を起こしたとき、巨大な損失を発生させる装置に変貌します。
密結合とはプロセスの構成要素同士が強く依存しあっている状態であり、エラーが生じた場合、組み替えたり調整を図ったりする余裕がほとんどありません。こういうプロセスでは、どこかが変調をきたすとそのエラーが伝播していくという特徴を持ちます。市場に密結合をもたらしているのは絶え間ない情報の流れと、即時の流動性供給に対する底なしの需要です。流動性はデリバティブの血液であり、それによってレバレッジをかけているのです。
ノーマル・アクシデントとは、皮肉な言葉ですが、これはプロセスの構造上避けることのできない事故、起こるべくして起こる事故のことです。複雑性と密結合が大きければ大きいほどノーマル・アクシデントが起こる可能性は高くなります。複雑な機械の方がシンプルなものより故障しやすく、故障に弱いのです。
●保護と規制は複雑性を増す
市場が機能停止に陥ると、保護と規制の層を厚くしようという動きが起こります。しかし、こうした動きがさらに複雑性を増してさらなる機能不全を誘発する可能性があります。こうした複雑性と密結合の罠から逃れるには複雑性を減らし、結合を疎にする方向に進むしかないと著者は示唆しています。
新古典派経済学のエレガントな数学的枠組みの発展系として、現在のリスク・マネジメントなどが設計されているとしたら、それは現実の人間の行動とはずれています。著者は完全に合理的な人間が市場で投資行動をとるという効率的市場仮説には疑問を抱いています。人間の行動や心理は数学的・物理学的なアプローチよりは、生物学的なアプローチで考えた方が説明がつきます。
●ゴキブリのアプローチ
著者は、ゴキブリの生き残り戦略を例にとって生物的なアプローチの説明をおこなっています。ゴキブリは空気の振動を察知してそこから逃れるという戦略だけで長い年月、環境の激変を潜り抜けて生き延びてきました。人間も遺伝的にそうしたおおざっぱな生存戦略に支配されている部分は多分にあり、それが必ずしも合理的とは思えない行動に人をかりたてます。それが市場の非効率性を生み、儲けも損失も生んでいるといえます。
著者はこうしたシンプルなアプローチの利点を説き、長期のリスクマネジメントとしては最適であろう、としています。個々の特定の世界で最適に見えるであろうアプローチは長期的に見れば欠陥である場合が少なくありません。生物の世界では、特殊な環境に過剰適応したため、その環境が激変すると耐え切れずに滅亡してしまった種は数限りなくあります。ゴキブリのアプローチはそれとは全く逆なのです。
どれほど精緻で高度なコンピュータを使おうとあらゆるリスクを予想することはできません。夢想だにしない出来事が起こることが避けられない世界では、ゴキブリのおおざっぱな反応機構を見習って金融商品を単純化し、レバレッジを減らせばより堅牢で生存能力が高い市場が作り出せる、というのが著者の主張です。ただ、すでに手に入れた金融工学的アプローチ(儲かるときはものすごく儲かる)を人間があきらめられるのでしょうか?


コメント
はるさん、コメントいただきありがとうございます。
本書では、複雑性、密結合、ノーマルアクシデントについて、スリーマイル島やチェルノブイリの原発事故、スペースシャトルの墜落事故のことなども例にあげて、とても説得力のある論を展開しています。
よかれと思って設けられた規制や安全策が余計に問題を複雑にしてしまうことがある、というのはよく留意しておかなくてはいけない点だと思いました。角を矯めて牛を殺す、というのはそういうことなんでしょうね。
シンプルさに至るまでには深い思索が必要、というご意見、本当にそうだろうと思います。
画家が一本の線をひくまでに、演奏家が音を一つ鳴らすために長い修練を積むように、一見シンプルに見えるものの背後には膨大な積み重ねがあります。
シンプルだから簡単、とはいかないですよね。
投稿: COX | 2008年11月22日 16:43
優嵐さん こんにちは。
またまた示唆に富む書籍のご紹介有り難うございます。
今日は簡単に一言・・・願わくば、バフェットとゴキブリの如く(笑)、限りなくシンプルな方針で長期間生き残れる種族を目指したいと思います。
アインシュタイン曰く、「宇宙根本原理は「E=mc二乗」の如くシンプルで美しいものである筈だ!」
しかし、相対性理論の如く、「シンプルで美しいもの」こそ最も難しい技でして、その長期間淘汰されないシンプルな方針を自己に打ち立てるまでが途轍もない思索力を必要とされますので、思索に次ぐ思索の末に超シンプルで美しい方針を見いだせるよう精進したいと思います。
投稿: はる | 2008年11月21日 21:17