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ホントは教えたくない資産運用のカラクリ (3) 「錬金術入門」篇

◇◆第504回◆◇

4492732004ホントは教えたくない資産運用のカラクリ (3) 「錬金術入門」篇
安間 伸
東洋経済新報社 2005-06-24

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現代の錬金術は裁定取引
現代の錬金術は裁定取引であると述べ、それについてジョークを交えながらわかりやすく書かれています。裁定取引は相場の世界ではアービトラージと呼ばれています。しかしそういう専門的な話にならなくとも、人生はすべて裁定取引だと言えるのです。裁定取引とは、現在のカネを売って、将来その価値を増やすことができる資産を買うことであり、それこそが利益を生むメカニズムです。

市場とは資源配分の最適化を行う装置
本書はノウハウ的なことではなく、そのもっと底にある基本的な利益を生む考え方、世の中の仕組みについて書いてあります。なぜソ連のような統制経済がうまくいかなかったか、ワイロや談合がなぜ犯罪とされているのか、その理由が同じ根っことして説明されています。ともに経済効率を悪化させるからです。

市場経済では、価格というシグナルを通じて需要と供給が調整され、資源(リソース)が効率的に配分されるというメカニズムが働いています。「市場」は決して強欲な資本家が横行する場所ではなく、資源配分の最適化を行う装置として欠かせないのです。

政府の仕事は経済効率と公共福祉のバランスをとること
ただ、世の中には経済効率を犠牲にしても守らなければならないものもあります。国防・治安、生活インフラ、環境・健康・衛生、教育など、これらは一般に「公共の福祉」と呼ばれるものですが、こういうものを守るために政府が関与し、経済効率とのバランスを取ることが重要になります。

共産主義の統制経済は、企業の倒産も失業もなくして国民の生活を安定させようという発想から生まれました。確かに倒産や失業など産業の新陳代謝、淘汰の過程というのは厳しいものですし、かわいそうであり、自分であれば経験したくないと誰もが思うものです。しかし、もっと広い視野から見てみれば、これは社会全体の需要と供給の調整、リソースの効率的配分という点からすると欠かせない過程なのです。

もし、個別の市場でそういうことが適切に行われなければ、旧の共産圏の国々のように国全体が停滞してしまうか、ある日突然死してしまいます。政府のさまざまな規制や介入は「経済の効率」と「公共の福祉」を両立させていれば許されることです。しかし、しばしば経済効率を阻害しているだけでなく、公共の福祉の役にも立たないものになっている場合があります。

産業の新陳代謝
このところ、金融危機に引き続いてアメリカの三大自動車メーカー(ビッグスリー)の危機がメディアでたびたび伝えられています。産業の新陳代謝ということを考えれば、もはや売れるモノを作れなくなってしまっている企業は、倒産への道を歩むのが長い目で見れば社会のためにもよいのでは、と思います。それによってそこにまわされているリソースがもっと適切な場所に配分されるようになり、社会は新しい果実を手にできるからです。

バブルは必然
第5章では信用拡大と信用収縮がおこる仕組みについて簡潔に述べてあり、これを読むと、バブルは資本主義経済の必然だと思えてきます。別に不動産業者や投資銀行や金融工学のせいではないのです。これは程度の差はあれ周期的にやってきて、その前の動きが大きいほど反動も大きく、この波動をとらえることができれば、株・金利・為替などの大きな動きがわかり、それだけでメシが食えると著者は述べています。

逆張り投資とは、こうした市場の循環を予測した時間的な裁定であり、長期投資には逆張りが有効です。今回の金融工学バブルがはじけて、投資銀行が軒並み淘汰されたときに、ウォーレン・バフェット氏が「私は株を買っている」と言っていました。「誰かが泣きながら売ったものを買うとおいしい取引になる」と著者は述べています。



コメント

はるさん、コメントいただきありがとうございます。

バブルを生み出す心理はカリスマに心酔する心理とも似ているな、と思いますね。ブームとか流行とかもこうした人間心理が生み出すもので、バブルだけが特殊ではないと思うのです。そういう心理状態に陥る傾向を自分も持っている、と思っていると危ういところで踏み外さなくてすむような気がします。

はるさんもバフェットと同じ長期逆張り投資家ですね(笑)。群から外れて行動するのは、今では最も利にかなっているかもしれません。一番ババをつかむのは最後の最後に群の後をついて走り出す人じゃないでしょうか。

投稿: COX | 2008年11月11日 18:04

優嵐さん こんにちは。

>「人生はすべて裁定取引だ」

まさに至言ですね。転職するかしないか、ここはビジネスで勝負に出るかでないか、どの車を買うか、誰を結婚相手に選ぶか、子供を産むか産まないか、SCで高くて良い商品を買うか、質は劣るが安い商品を買うか、セコムに入るか入らないか、あらゆる人生の事象は裁定取引ですね。

コストや犠牲を払って、将来の利益や満足を得るという意味では全てが裁定取引ですね。コストも利益もお金の場合もあるし、精神的犠牲や精神的満足の場合もあり、それらを総合的に判断して人間は生活しているのですね。

>「バブルは必然」

これも至言ですね。Behavioral Financeの本を読んでいたときに、バブルの群集心理は人類の祖先の祖先が恐竜や肉食動物から生き延びるために「群れから離れない」「群れと同じ行動をする」という本能を骨の髄まで染みこませた極めて本能に叶った行動をするからバブルが起こると読んで納得しました。「嵐が来るぞ」と言われると逃げまどい、「嵐が去ったぞ」と言われるといい気になる、のは動物の本能なのですね。

そういう意味では、バフェットのような人物は一人群れから離れて行動する動物なので、たぶんアフリカサバンナで生きていたとしたら真っ先にライオンに食われていたでしょうな。そういう僕も本能がない変人でして、2003年以来、5年ぶりにぞっこん企業を本格的に買い増している本能麻痺動物です。なはは。

投稿: はる | 2008年11月11日 11:34

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