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2008年6月28日

千曲川のスケッチ

◇◆第478回◆◇

4101055130千曲川のスケッチ (新潮文庫)
島崎 藤村
新潮社 1955-04

by G-Tools

素晴らしい写生文を堪能する
島崎藤村は、1899年4月、木村熊二の主催する小諸義塾の教師として長野県小諸町へ赴任し、6年間をここで過ごしました。小諸の一年の四季の移り変わりを人びとの生活のありさまとともに描いたのが「千曲川のスケッチ」です。1911年に『中学世界』に発表され、藤村が詩から散文へと表現方法を変えていく時期の重要な作品と言われています。

藤村が年少時に寄宿した吉村忠道の子である吉村樹に小諸の様子を知らせるという形式をとって書かれています。完全な言文一致体で、先に読んだ子規の『墨汁一滴』(1901)が候文の文体をとっているのに比べると、わずか十年でこんなに散文の表現形式は変わったのかと驚きます。会話文もほぼ現在の形と同じで、明治末期の小諸周辺の様子がいきいきと描かれています。

小諸には行ったことがあり、本書の中に出てくる北信越一帯にも何度か足を運んだことがあるため、その情景を思い浮かべながら読むことができました。百年以上前の写生文ですから、人々の暮らしは大幅に変っています。人力車の代わりに人夫が挽く橇に乗って雪道を行く場面や乳飲み子を背負った若い巡礼に会うところなど、その時代ならではの風俗描写が楽しめます。

その当時は当然であったこともすぐに変わっていき、時代を経るとそれがそのときの貴重な記録として残るものなのだと改めて感じました。藤村の描写力はさすがに素晴らしく、遠景から近景、浅間をはじめとした周辺の山々や千曲川の流れ、周囲の花や樹木の様子、人びとのほんのちょっとした動作や話し方、笑い方を的確にとらえて書いています。特に、雪国の冬から春にかけての風物の移り変わりの様子は想像力をかきたててくれます。

事物の描写をどういうふうにしたらいいか学びたいと思っている人には今でも最高のお手本になるように思います。すでに一世紀近く前の文章であるにもかかわらず、描写そのものには古びたところが全くなく、的確な写生というのは時に流されないものだということにも驚きました。


千曲川のスケッチ (新潮文庫)
千曲川のスケッチ (新潮文庫)
島崎 藤村

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コメント

はるさん、コメントいただきありがとうございます。

井上靖、比較的地味な扱いを受ける作家じゃないかと思います。太宰治や三島由紀夫のような眼を引くクセはありませんが、私はとても好きです。穏かで優しい、まさにそのとおりです。もう一度これらの作品を読んでみたくなりました。

司馬遼太郎の作品もかなり読んだ方だと思います。「竜馬がゆく」「国盗り物語」などたくさん。龍馬人気は、「竜馬がゆく」に影響されるところが大きいかもと思いますね。

優嵐さん コメント有り難うございます

井上靖さんは司馬遼太郎さんとともに、青春時代の読書の骨格ともなった小説家です。この頃にこういった人達の小説を読み耽ることで、読書の面白さに目覚めたように思います。

自伝的三部作「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」、たぶん井上靖さんの小説は殆ど読破したと思います。伊豆修善寺のさらに奥の村で育ち、何とも言えず優しい文体に彼のお人柄を感じました。

はるさん、コメントいただきありがとうございます。

「夜明け前」は教科書で一部読んだきりでした。なんか暗い話という印象で、読もうという気になれませんでした(笑)。

井上靖は好きな作家です。特に彼の自伝的三部作「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」は大好きな作品で、何度読んだか覚えていないくらい何度も繰り返して読みました。

子どものころは好きな本を何度も繰り返して読むタイプで、小学校のときの愛読書は「十五少年漂流記」と「シートン動物記」でした。その後がこの井上靖の三部作だったかな~。

島崎藤村の「夜明け前」は学生時代に読みました。

長野の奥深くの村にも明治維新の波が押し寄せようとしている明治維新前夜の様子が克明に書かれていた印象があります。

昔読んだ夏目漱石、島崎藤村、志賀直哉、井上靖などの小説を時間があったらもう一度読むと新たな発見や感動がありそうですね。是非ぼちぼち読み直そうと思います。

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