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2008年2月25日

3つの原理

◇◆第447回◆◇

44780011703つの原理―セックス・年齢・社会階層が未来を突き動かす
ローレンス・トーブ 神田 昌典 金子 宣子
ダイヤモンド社 2007-12-14

by G-Tools

歴史を見通すビッグピクチャーを提供する試み
人間の歴史をヒンドゥー哲学にもとづいたカースト闘争の表れと考え、そこに陰陽の男性原理と女性原理のぶつかりあいをからめあわせて現在・過去・未来を説明しようとしています。有史以前の時代は女性原理(陰)が支配する宗教・精神1の時代であったとし、それがしだいに男性原理(陽)の支配が優勢となって、戦士の時代を迎えます。これが17世紀ごろまで続き、その後、商人の時代、労働者の時代を経て、現在は宗教・精神の時代2に向かっているというのです。

過去の説明はほぼ納得できるものです。各時代は重なり合い、ひとつの時代が頂点を迎えているころに次のカーストがすでに力をつけてきています。宗教の時代の最盛期にすでに戦士カーストは上昇を始めており、戦士カーストの時代に商人カーストが、商人カーストの時代には労働者カーストが勃興しています。著者によれば、今は商人カーストが衰退期に向かっており、労働者カーストがトップに立とうとしています。

商人カーストの代表国家はアメリカであり、労働者カーストの代表は東アジアの中・韓・日といった儒教ブロックの国だと著者はいいます。これから21世紀の最初の30年ばかりはこの儒教ブロックが覇権を握るというのが本書の予測です。このあたりまでは、「まあありえるかな」と思えます。しかし、その先の予測になると、にわかには信じがたいと言うしかありません。

汎セム圏の覇権?
労働者カーストが衰退期に入り、次に宗教・精神カーストが勃興するので、次の覇権を握るのは、イスラエル・パレスチナを中心としたユダヤ・イスラム圏とインドを中心とした地域だと著者は予測しています。イスラエル・イスラムの汎セム圏が隆盛になることの理由にこの地域の宗教的伝統があげられ、世界中のユダヤ人(特に北米地域から)が大挙して移民してくるというのです。

もちろん信じがたいということは、著者も書いています。そして、冷戦の終結やソ連の解体などその数年前まで誰も予測しなかった、ということを例にあげ、「まさか」の可能性に触れています。とはいえ、やはりこの予測ははずれるのではないか、と私は思います。宗教・精神の時代が来るだろうというのは理解ができます。特に宗教(religion)ではなく、精神(spirit)に重心が移るだろうということは著者も予言しています。

精神の時代の新しい動きはすでに始まっている
それならば、なおさらユダヤ・イスラム圏の隆盛はありえないのではないか、と思うのです。著者はイラン・イスラム革命がこの時代の幕開けとなったと書いています。原理主義的な宗教運動がしだいにもっと穏やかな精神主義のものへと変化していく、というのですが、スピリチュアルに重点を置いた運動はすでにカリフォルニアなどで始まったニューエイジ的な運動、ロハスや環境保護といったものも含めた広い意味での運動として勃興しているのではないでしょうか。

次の時代のカーストの勃興はその時代の中心地ではないところで始まる、と著者は定義しています。確かにこれまではそうだったでしょう。中心カーストの縛りがきつくて新しいカーストの上昇余地がなかったからです。キリスト教圏でいえば、戦士カーストの中心地スペインやポルトガルが没落し、イギリスやオランダが勃興して、さらに宗教的新天地を求めたアメリカが次なる商人カーストの中心地になったことを見ればあきらかです。

自由な土地でこそ新しいカーストが上昇する
イスラム圏は戦士カーストから次の商人カーストを産むことがありませんでした。戦士カーストの時代、イスラム圏はキリスト教圏と対等に張り合っていたし、文明はむしろイスラム圏の方が進んでいました。ところが、イスラム圏ではついにアメリカは生まれなかったのです。今は厳しい社会的縛りがあった戦士カーストの時代とは異なっています。今、新しいものを生み出し、社会を先に進めていくのは辺境の地ではなく、文化的に自由な地です。

より自由でより柔軟で寛大な地域、それはすでに今の先進国にいくつも存在しています。もはや独裁者が気に入らない人の首をちょんぎるような時代ではありません。新しい精神のムーブメントがカリフォルニアなどから始まっていることをきちんと見るべきでしょう。先進国の中でも最も自由で進んだ人たちは今さら古臭い教義をおしつけてくる「宗教」に魅力を感じるとは思いませんし、そうした運動に共感するとも思えません。

理想の共同体は幻想
また、著者は次の百年ほどの間にこの宗教・精神2の時代に入って人類は「カネ」から自由になった別種の超人類になると書いています。自発的簡素、自分の必要とするものを必要なだけ生産し消費し、労働時間は劇的に減って、人々はユートピアに暮らす…、といったことです。もちろん、コンピュータやロボットのさらなる発達によって、人間の労働の質が大きく変っていることは考えられます。しかし、こうした理想の共同体が生まれる、というのは幻想だろうと私は思います。

共産主義が説いたことともこれは少し似ています。人がその人の能力に応じてやれるだけのことをやれば、うまくいく…、うまくいきませんでしたね。人間は生身でさまざまな感情、考え、意志、欲望を持っています。それを一律にならしてひとつの型にはめ、そのように行動させようとしたら、結果は悪夢になるでしょう。

男性原理と女性原理のバランスがとれ、人類文明が両性具有的になり、さらに環境にも人にも優しいものへと変化していくことはおおいにありえるでしょう。その点については賛成です。


3つの原理―セックス・年齢・社会階層が未来を突き動かす
3つの原理―セックス・年齢・社会階層が未来を突き動かす
ローレンス・トーブ 神田 昌典

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