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2007年9月28日

免疫進化論

◇◆第421回◆◇

4309252044免疫進化論----自然の条理に根ざした医学を求めて
安保 徹
河出書房新社 2006-09-12

by G-Tools

病気にならない生き方とは
著者は国際的な免疫学者であり、免疫という視点から生活習慣病、自己免疫疾患などあらゆる病気の成り立ちを考察しています。そして、こうした病気は自分で治すものであり、手術、化学製剤を主体とした西洋医学だけでは治癒しないことを示しています。西洋医学は、対症療法であり、痛みには痛み止めを、炎症には消炎剤をという方法をとります。しかし、これは本来生体が治ろうとするときの免疫反応であり、それを押さえ込むのは、治癒過程を妨害することになります。

また、現代医療は専門化が進み、臓器別、分子レベルでの医療が進められていますが、逆にそれによって人間を診ることがないがしろにされています。人間は何十兆もの多彩な細胞が集まっている多細胞生物です。多種多様な細胞間の連携をとり、外界からの刺激に対応しつつ生きています。それらを司り調整をおこなっているのが自律神経系と免疫系であり、現在のほとんどの病(癌や高血圧から難病まで)は、この連携の破綻として説明できると述べています。

無理な、偏った生き方の危険
慢性疾患の発病のきっかけは、「無理な、偏った生き方にある」と著者は言います。癌にしろ、難病にしろ、ほとんどの人は発病の前に強いストレスにさらされていたり、苦悩が続いたり、生活のリズムがひどく崩れていたり、過労状態で長く生活していたり、ということがあります。若者の昼夜逆転の生活、受験や就職にともなうストレス、中年期の働きすぎや家庭の悩みなど、くわしく問診をすれば、こうしたことは明らかになるのですが、そうした丁寧な問診は現在の医療の現場ではまずおこなわれません。

検査で診断し、化学薬品を処方するか、手術という流れにすぐに乗ってしまいます。癌の三大療法である手術、抗がん剤、放射線治療を著者は批判しています。これらは患者の免疫機構に大きな打撃を与え、治るものも治らなくしてしまうというのです。臓器別の専門化が進んだ医者は、人間を全体で見るという視点を失っており、「思考の断片化」が進行して視野狭窄になってしまっているのです。

生き方の無理を改める
生活習慣病とはよく言ったもので、こうした病気は薬や手術では治りません。著者は自己免疫疾患なども含め、ほとんどの病気は、生き方の無理からくる生活習慣の病であると述べています。食生活も大事だけれど、その前に、働きすぎや昼夜逆転の生活、睡眠不足、といったことをまず避けるように勧めています。これらのことが続くと、免疫系、自律神経系に絶え間ないストレスが加わり、ついには破綻します。

日本では、働くことは美徳という考え方が根強く、なかなか「働き過ぎの害」が問題にあがってきません。自己の健康を過信して中年期まで病気知らずだったと自慢していた人が、ある日進行がんで倒れるなどというのは、自分の身体の声に無頓着でありすぎたということでしょう。

不定愁訴は前駆症状
また、慢性的に肩こり、頭痛、腰痛、といった不定愁訴に悩まされている人も珍しくありません。これらも原因は「生き方の無理」にあるといいます。より深刻な病を発症する前の前駆症状とでもいいますか、心身の緊張が続いていないか、過労になっていないか、運動不足でさびついていないか、それらを見直すことなしに安易に痛み止めや炎症をおさえる薬を常用していては破綻をきたします。

人間の身体は何億年という生物進化のはてに出来上がったシステムです。免疫や自律神経の働く仕組みというのは精緻であり、人知が及ばないほど巧みなものです。人間が治るということは、分析科学だけで理解できるものではありません。生き方の歪みによって免疫系に破綻をきたしたのなら、歪みをただすことによって病を治癒に導くことができます。そのことをくり返し本書では示唆しています。

免疫進化論----自然の条理に根ざした医学を求めて
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安保 徹

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