« 原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟 | トップページ | 生物と無生物のあいだ »

2007年7月28日

不道徳教育

◇◆第409回◆◇

4062132729不道徳教育
ブロック.W 橘 玲
講談社 2006-02-03

by G-Tools

リバタリアンについての一見過激な本
「擁護できないものを擁護する」という副題は、76年にアメリカで出版されて話題となった本書の原題です。著者はアメリカを代表するリバタリアン経済学者です。リバタリアニズムとは、国家の機能を縮小し、市場原理によって社会を運営しようという政治思想です。本書では、売春婦、麻薬密売人、ポン引き、闇金融など、を擁護することによって、"不道徳"な行為に対する人々の偏見を挑発し、その背後にある"国家"を考えさせるきっかけを与えています。

国家とは何か
"国家"というものを、民の上に立ち、国民をかいがいしく世話し、ときには厳しく罰することもある親のような存在と信じている人がほとんどでしょう。しかし、それは国家の正しい姿とはいえません。国家が国民の福祉を増進するというのは幻想であり、アウシュビッツ、ヒロシマ、ソ連の強制収容所や中国の文化大革命のように、近代国家成立後におこった信じがたい災厄のほとんどを国家が引き起こしています。国家とは、強制力をともなう巨大な権力なのです。

市場機能が果たす役割
リバタリアンは国家が果たしている役割のほとんどすべては市場で提供されると主張し、できる限り国家の権限を縮小し、小さな政府にすることが望ましいと考えています。市場原理主義というと、すべてが金で決定され、富めるものと貧しいものの格差がどんどん広がる社会、と誤解している人がいます。しかし、これは大きな勘違いです。市場は弱肉強食の世界ではなく、自由な取引によってお互いが交換をおこない、ともに豊かになれる場所です。

自由な取引がおこなわれている市場に権力をもった国家が介入すると、市場の機能は働かなくなります。市場が機能不全になると、経済は停滞し、貧困が増大します。アダム・スミスが「神の見えざる手」といった市場機能は、官僚機構が生み出すもろもろの政策などよりよほど見事に働きます。

善意が仇になることのいろいろ
貧困に対する”援助”は、実際のところ何の役にも立たず、かえって相手国の経済に打撃を与え続ける結果につながります。ブラックホールのように”援助”を吸い込むアフリカなどがそのいい例でしょう。いつまでたっても自国の市場機能が育たないため、援助中毒から抜けることができなくなっているのです。本書は"不道徳"と思われる人々をあえて引き合いに出し、こうした一見素晴らしく見える事柄をまったく別の立場から考える視点を与えてくれます。

人は求めているものがみんな微妙に異なります。それを認め合い、お互いの得意分野からの成果を交換しあう世界がより幸福に近づくとリバタリアンは考えるのです。リバタリアンが求めるルールは、だから非常にシンプルです。「人は互いにいいと思うことを押し付けあうよりも、相手がいいと思っていることを認め合った方がいい」ということです。


不道徳教育
不道徳教育
ブロック.W 橘 玲

関連商品
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
知的幸福の技術―自由な人生のための40の物語 (幻冬舎文庫)
亜玖夢博士の経済入門
「黄金の羽根」を手に入れる自由と奴隷の人生設計 (講談社プラスアルファ文庫)
マネーロンダリング入門―国際金融詐欺からテロ資金まで (幻冬舎新書)
by G-Tools

« 原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟 | トップページ | 生物と無生物のあいだ »

人文・思想」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟 | トップページ | 生物と無生物のあいだ »