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2006年12月27日

子どもの虐待防止最前線

◇◆第360回◆◇

4272411306子どもの虐待防止最前線
信田 さよ子
大月書店 2001-05

by G-Tools

虐待防止のネットワーク活動
01年に出版され、臨床心理士、児童相談所、保健センター、虐待防止センター、弁護士など、さまざまな職種の人の現場からの発言を読むことができます。虐待防止のためには、こうした生きて動いている地域のネットワークが重要であることがわかります。虐待に至らないよう、それ以前の段階でハイリスク群を発見し、さりげなく手を差し伸べたり、または見守ることによって、虐待を防ぐことは可能です。その意味で、母子保健活動の中での虐待防止の目は欠かかせません。

現場で活動されている方たちのそれぞれの発言はすべて示唆に富んでいます。また、現代社会での虐待問題は、近代家族に対する価値観の転換を迫るものであるという臨床心理士の信田さよ子氏の言葉は、深く考えさせられるものがあります。「血でつながった家族であっても虐待はおこりうる」ことを容認し、疑ってかかり、告げ口をし、プライバシーに踏み込んでいかなければなりません。

虐待はどのような家族にも起こりえる
最大の転換は、日本という国で最終的よりどころとされてきた「親の愛」「母の愛」「血縁」というものが実は危ういものであり、暴力や虐待を内包していることの承認が迫られることであろう---と信田氏は指摘しています。

虐待問題を一部のダメな親がしでかす過ちととらえている人がいます。彼らは母性愛と父性の復権、家族愛や親子の絆の再構築を求め、従来の家族の縛りをもっと強めていこうとしています。しかし、そういう姿勢では問題は解決しません。愛し合った男女がセックスすることによって、愛の結晶が生まれる、そしてそれは無条件に美しいという近代家族のイデオロギーは、実は歴史の浅い脆弱な概念です。

「家族愛」「親の愛」というイデオロギーこそが虐待を隠蔽してきた、といえるのです。男と女が家族を形成し、子どもを産むと、こういうことは常に内包される問題として起こりえる、と考えた方がよく、学歴、職歴、経済状態にかかわりなく、どの親にでも起こりえる問題、板子一枚下は虐待と考えていてもいいのです。

高度に管理されたストレス社会での子育て
また、現代のように高度に自然を管理し、排泄物の臭いも寒暑もすべて手軽にコントロールでき、子どもの頃から個室を与えられる環境に育った人々が親になるとき、赤ん坊というのはむき出しの「自然」だ、ということを忘れてはいけません。親の都合などおかまいなく泣き、ぐずり、排泄し、動き回り、無制限に要求をつきつけてくる存在です。そういう存在に生まれて初めて接したとき、何が起こるか。かつては当たりまえと感じられたことが、現代社会では大きなストレスになるのです。

こうした背景があり、24時間父なり母なりを赤ん坊とひとつのカプセルに閉じ込めるようにするのは、すでに無理があるとの指摘もあります。実際、目の前にわが子がいなければ虐待をせずにすむのです。こうした虐待をアルコール依存などと同様の嗜癖行動ととらえるアプローチも欠かせません。道理を説いてみても無駄であり、その背後にある深い心理的なものを汲み取ることなくして、虐待予防はできません。

現場で虐待予防活動に携わっていらっしゃる方はもちろん、教師、保育士など子どもに接する機会が多い方にも虐待発見とその後の連携について多くのことを教えてくれる本だと思います。


子どもの虐待防止最前線
子どもの虐待防止最前線
信田 さよ子

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