« 新・チャートの鬼 | トップページ | <日本の中世7>中世文化の美と力 »

2006年10月 2日

老子(全)

◇◆第330回◆◇

4885031834老子(全)―自在に生きる81章
王 明
地湧社 2005-05

by G-Tools

二千五百年前に書かれ、今なお新鮮な思想
老子は中国の春秋時代(紀元前五世紀頃)の思想家です。『史記』の記すところによれば、周の王室の書庫の記録官だったものの、周が衰えたため洛陽の都をさり、函谷関を通る際に関守の尹喜の求めに応じて『老子』を書き残しました。上下巻あわせて五千字余の小さな本ですが、その後の東洋の思想と文化に絶大な影響を与え、それは今なお衰えることがありません。

『老子』についてはすでに多くの訳書や注釈書が出ていますが、本書は20世紀後半になって地中からあらたに発見された新資料と、歴史的に重要な刊行本数十種類をあわせた観点から総合的に校勘されたテキストが元になっています。著者は神戸生まれの中国人で、日中両国語に堪能、翻訳、中国語教育にたずさわり、詩人でもあります。

道(タオ)を知り道に従って生きる
81章からなる『老子』はそれぞれの章がひとつの漢詩の形をしており、そこにこめられた「道(タオ)」の思想は不思議な魅力を放ってこちらをひきつけずにはおきません。『老子』は次のようにいいます。

・すべては変化の中のひとつの過程にすぎない
・天と地は偏愛を知らない 万物を用途と消失のままにまかせるのだ
・もっともすばらしい人間は水のようだと喩えることができる
・偏在する命の姿と働きはただ道から出てくるのである
・強盛を誇れば柔軟さを欠き それは道から外れることであり道から外れてしまえば 急速に衰えるのである

柔らかく無為自然で、ゆったり穏やかであれ
『老子』は柔らかく無為で自然なもの、空ろなもの、ゆったりと穏やかで静かなものを尊びます。形式ばった倫理や声高な主張、力の誇示などといった固く鋭く硬直したものを滅びに至るものとして退けるのです。空ろがあればこそ、そこに何ものをも包含することができ、柔らかければ強風にも折れることなく、天然自然に応じて姿を変えることができます。

水のようであれと言っているのも、水はあらゆるものに潤いを与え、低いところにとどまり、澄んで他者を映し、器しだいでどのような形にもなるという性質を高く評価したものです。声高に自分の正しさ、強さを主張し、争いのための争いを求める姿勢を道に外れるものとして避けています。

静かに争わぬ姿勢を保てば、いらぬ争いごとに巻き込まれ滅ぼされることもないという『老子』の思想は、一見柔弱に見えながら、本質的には深い知恵をたたえた大人の思想といえるのではないでしょうか。


老子(全)―自在に生きる81章
老子(全)―自在に生きる81章
王 明

関連商品
老子 (中公文庫)
老子 (岩波文庫)
タオ―老子 (ちくま文庫)
「老子」の人間学―上善は水の如し
[新訳]老子
by G-Tools

« 新・チャートの鬼 | トップページ | <日本の中世7>中世文化の美と力 »

哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新・チャートの鬼 | トップページ | <日本の中世7>中世文化の美と力 »