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2006年7月16日

こんなふうに死にたい

◇◆第282回◆◇

4101064121こんなふうに死にたい (新潮文庫)
佐藤 愛子
新潮社 1992-12

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突然襲った超常現象
著者は佐藤紅禄の娘として生まれ、69年に直木賞を受賞している有名作家です。江原啓之氏の『人はなぜ生まれいかに生きるのか』に推薦の言葉を寄せており、自身が突然超常現象に遭遇するようになったことを書いていました。その発端からのありさまをエッセイとして綴ったのが本書です。美輪明宏氏が霊能者として登場し、たびたび彼女の力になっています。

死について初めて考えた幼い日の戦慄からエッセイは始まっています。誰もがどこかで身近な誰かの死に出会い、死とは何かについて考えるようになります。それは今、自分がここにこうして生きていることの不思議さと表裏一体です。

彼女が最初に遭遇した身近な人の死は父親でした。無神論者に近かった父が亡くなる直前、身体を起こしてくれと頼み、突然「南無阿弥陀仏」と唱え始めたときの驚きが記されています。ただ、このころの著者は破綻した結婚生活から抜け出すのに必死であり、死について深く考えることも無く、死んだら人間は無になると漠然と考ていたようです。

アイヌの古戦場
昭和50年、51歳のときに著者は突然、北海道浦河に気に入った土地を見つけて別荘を建てます。この土地を見つけたときのことを「その時の私は尋常ではなかったと思う。私はその土地に完全に捉えられていた」と書いています。異変が始まったのは2年目の夏、屋根の上をのしのしと歩くような足音が聞こえたのです。置いてあったものがなくなったり、異変は次々と続き、たまりかねた著者は美輪氏に電話します。

すると、美輪氏は、事情を聞く前に「とんでもないところに家を建てたわね」ときりだし、そこはアイヌの古戦場で不吉なところだから、すぐに家を売るように、と勧めたのです。しかし、著者は売ることができません。怖い怖いといいながら離れられないのです。とりつかれるとはこういうことか、と思います。

なぜ私が、と問う著者に対し、美輪氏は「借金といっしょ。お金に困ったときはお金を貸してくれそうな人のところへ行くでしょう」と言います。霊側の理由と人間の理屈は相容れないのです。このあと、堰を切ったようにいろいろな場所で著者の超常現象体験が続いていきます。先祖の侍の霊、自分の姉妹の霊、おまけに蒙古襲来時の蒙古兵まで背中にのっかかってくる始末。

体験のない人にはこうした話はなかなか信用してもらえません。著者はしだいに説得したいとは思わなくなった、と書いています。理屈で説明がつかなくても現象はそこにあり、ただありのままにその現象を事実として受け入れるしかありません。美輪氏の助言を受けながら著者はほぼ7年に渡って霊たちと付き合います。

死について考える
その後、友人の作家川上宗薫ががんと診断され亡くなります。さまざまな霊に関する体験をへて死後の世界というものに思いをはせると同時に、川上氏が死と向き合い、その中で死を受け入れていった心情と覚悟を思います。どうやら私は、自分の死について考えねばならぬ時がきたようである、と著者は記しています。死が生と表裏一体である以上、死を考えることは、そこまでどのように生きていくかを考えることでもあります。


こんなふうに死にたい (新潮文庫)
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