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2006年2月13日

すでに起こった未来

◇◆第192回◆◇

4478371385すでに起こった未来―変化を読む眼
P.F. ドラッカー P.F. Drucker
ダイヤモンド社 1994-11

by G-Tools

本当の変化がどのような機会をもたらすかを問う
ピーター・ドラッカーは自らを経済学者とみなしておらず、「社会生態学者」と呼んでいます。その理由は、この論文集のあちこちに出てきます。本書は1993年に出版された"Ecological Vision"から13編を選んだものです。さまざまなテーマについて述べられた論文が並んでいますが、彼自身の見解の基盤となっているのは、静的な時代、予測可能な時代はすでにはるか昔に終わり、われわれは動的で変化を続け、予測不可能な時代のただ中にいる、ということです。

社会生態学者としての自らの仕事を彼は、ゲーテの『ファウスト』の望楼守にたとえています。「見るために生まれ、物見の役をする」ということです。社会生態学は見て行動するための実学なのです。彼自身の仕事は第一に、通念に反することですでに起こっている変化は何か、を見つけ、それが本当の変化であるならば、どのような機会をもたらすのかを問うことである、と述べています。

さらにその先には、変化が世の中に与える影響に焦点をあわせ、継続や維持と変革や創造のバランスを図り、動的な不均衡状態にある社会を作るという目的があります。そのような社会のみが、真の安定性と結合力を持ちうるのです。社会は、構造が安定した建築物のようなものではなく、むしろ生物のようなもの、常に外界からの影響を受けつつ、ホメオスタシスを保ちながらも変化し、成長していくものです。

経済活動は人間的な目的のための手段
ドラッカーが自身を経済学者とみなしていないことの理由として、経済学がその存立としている基本的な前提を受け入れることができないからだ、と述べています。彼は政治や経済、社会におけるあらゆる意思決定に経済的コストを考慮すべきだと主張してきましたが、それでも、彼にとって経済的領域は最高の決定因子ではなく、制約条件にすぎないのです。

経済活動はそれ自身が目的ではなく、非経済的な目的、つまり人間的な目的や社会的目的のための手段にすぎないと、彼は考えています。彼の出発はエコノミストとしてでしたが、彼自身、早い段階に経済学の優れた学徒の全員は商品の行動に関心をもっており、自分は人間の行動に関心を持っていること、その違いを知ったのです。

本書の論文中でも「企業倫理とは何か」や「もう一人のキルケゴール」などを読むと彼が哲学や倫理・道徳といった領域に終生深い関心を抱いてきたことがよくわかります。「社会生態学の体系の基本は、力への信奉ではない。それは責任への信奉、能力にもとづく権威への信奉、そして人間の心への信奉である」論文集の最後はこの言葉でしめくくられています。


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すでに起こった未来―変化を読む眼
P.F. ドラッカー P.F. Drucker

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