« マネーの公理 | トップページ | この世で一番の奇跡 »

2006年2月23日

自由に至る旅

◇◆第202回◆◇

4087200973自由に至る旅 ―オートバイの魅力・野宿の愉しみ (集英社新書)
花村 萬月
集英社 2001-06-15

by G-Tools

●自分で考え、決定し、行動すること
オートバイでの野宿の旅の魅力を綴ったエッセイです。さらに花村萬月氏の主張としては、オートバイは手段であり、目的の中心はあてもなく自由な旅に出ることの方にあります。「大切なのは、旅立つこと―。自分の衝動を愛おしみ、自分で考え、自分で決定し、自分で行動するということです」と書いています。彼の主張する「旅」は、観光バスで繰り出す団体ツアーなどではありません。あくまで、ひとりで、自分の頭と身体を使った旅を指しています。

電車や車でもかまわない、と彼は書いていますが、やはり二輪の魅力というのは他の移動手段にはない独特のものがあります。車とオートバイの差は、旅の空間に向かって身体が開かれているかどうか、だと思います。そのことに本書の中でも何度か触れていますが、自転車も含め、二輪というのは、身体がむき出しです。雨が降れば濡れるし、風や日差しもまともにあたります。

車はハコで移動します。エアコンをつけて、好みの音楽を聴きながら、外界の天候にはあまり影響を受けません。ここが決定的な違いなのです。ハコの中にいる限り、それは日常をひきずりやすく、「旅」が与えてくれる自由の中に入っていくことが難しくなります。また、電車などの公共交通を使うと、他人とかなり長時間接触していなければならない、という別の意味の精神の不自由さがあります。

●ひとり、二輪で旅することの魅力
二輪は完全にひとりになって、旅の空間の中に入っていくことができる手段を提供してくれるのです。私は徒歩、自転車、原付、オートバイ、いずれもで一人旅をした経験があります。ですから、著者がいう二輪の野宿旅の魅力というのは、よくわかります。雨に降られ続けて、身体がじっとり湿る日、果てしなく思える坂道を延々とぜいぜいいいながら、ペダルをこいだ日、そのほかあれこれ、いろいろなトラブルやしんどかったことが思い出されます。

ほとんどの人が、「なんでまあそんなしんどいことを」といい、「寂しくないの?危なくないの?」といいます。しかし、しんどいからこそ面白いし、ひとりだからこそ自由で、寂しくないのです。私が寂しさを感じるのはむしろ、人といっしょにいるときです。いっしょにいるのだがどうにもずれている、というのを感じるとき、もっとも寂しくなります。ひとりであれば、そのようなものはありません。誰にあわせる必要もなく、自分の意志だけで、どこへ行くかを決めます。制限は私の気力と体力だけです。

いろいろなわずらわしい社会的なしがらみを全部後ろにおいて、旅の空間に浸ります。天候はシビアですが、逆に本当に感動し、一生忘れないだろうと思うような素晴らしい光景にあったのも、すべてこうした旅の中でした。同じ風景を見ても旅の密度が違うので、心身への刻印のされ方が全く異なるのです。見ず知らずの人の親切にも何度も助けられました。おかげさま、というのはこういうことだな、と肌で感じました。

●生き返るために
オートバイは死と直結する可能性のある道具だ、と著者は言っています。しかし、だからこそ、そこに道具を操る魅力があります。旅の道具として使うことによって、自分の中の別の何かを目覚めさせることができます。本当に生きているのか、と日常を疑ってみることは大事でしょう。完全な視野狭窄に陥り、何かにがっちり絡めとられているのに、それすらわからなくなっている現実…。それが実は緩慢に”死にかけている”ことではないでしょうか。

「無理をしてはいけないけれど、限界と紙一重の負荷は、死にかけていて、しかもそれに気づいてさえいないあなたを生き生きとさせる」、と著者は旅を勧めています。


自由に至る旅 ―オートバイの魅力・野宿の愉しみ (集英社新書)
自由に至る旅 ―オートバイの魅力・野宿の愉しみ (集英社新書)
花村 萬月

関連商品
オートバイ・ライフ (文春新書 (048))
Rider's Story バイク小説短編集
禅とオートバイ修理技術〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)
虹色にランドスケープ (文春文庫)
千マイルブルース (幻冬舎文庫)
by G-Tools

« マネーの公理 | トップページ | この世で一番の奇跡 »

エッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« マネーの公理 | トップページ | この世で一番の奇跡 »