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2005年9月16日

武士道

◇◆第120回◆◇

4003311817武士道 (岩波文庫)
新渡戸 稲造 矢内原 忠雄
岩波書店 1984-10

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日本人の精神基盤
本書は新渡戸稲造が38歳で病気療養のためアメリカに滞在していたときに書かれ、最初はアメリカで出版されています。本書執筆のきっかけを新渡戸は初版の序文の中に記しています。宗教教育を行っていない日本で、道徳教育の元になっているもは何かと彼が10年前にベルギー人の法律の大家から問われたことがありました。

彼は長くそのことについて思索し、「私の正邪善悪の観念を形成したのは”武士道”であった」と思い至るのです。そして、結果的には日本人の精神の基盤になっている武士道とは何かについて西洋世界の人々に理解してもらいたいと考え、英語で執筆することを決意するのです。

現代、本書の日本語訳が数冊出版されていることから、かなり広く読まれている様子です。ただ、これを読んで「昔の日本人はこんなに立派だったのに、今の日本人はダメだ」といった感想を述べている方が時おり見受けられますが、それはおそらく誤解だろう、と思います。新渡戸は武士階級の精神の精髄をここで書いているのであって、封建制時代の日本人すべてがこうであった、といっているわけではありません。

武士階級の思想的背景を西洋人に理解させる目的
考えてみれば当たり前の話ですが、いつの時代でも、身分や階級の上下にかかわらず精神や立ち居振る舞いが立派な人もいれば、どうしようもなく堕落した人がいるのも確かです。それはどこの国でも同じことでしょう。新渡戸は、支配階級であった武士がどのような思想的背景を持って自らを律してきたのか、ということを特に西洋人に向かって述べるために本書を書いているのです。

本書の中で「武士の掟」として、新渡戸は「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義・克己」をあげています。義は正しき行いのことであり、勇はどのような場合にあっても義をなすことであり、仁は寛容、愛情、憐憫などいわゆる情けのことです。これらは双方が補い合い、支えあって「武士道」を形作っています。仁や義のない勇は「蛮勇」ですし、誠のない礼は「虚礼」です。また、克己なくしてはいずれのものもなしえません。

新渡戸は最終章で封建制がなくなった今、武士道は将来どうなっていくか、について考察しています。そして、それらは倫理の掟としては消えるかもしれないが、その力は地上から滅びないであろう、と記しています。私もそう思います。武士の掟とされた、これらの事柄は、いつの時代においても人として守るべき基本事項であり、美しく生きるためには欠かせないことだからです。

「その象徴たる花(桜)のごとく、四方の風に散りたる後もなおその香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう」と新渡戸稲造は述べています。

武士道 (岩波文庫)
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