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2005年6月19日

旅でスケッチしませんか

◇◆第88回◆◇

4062567725旅でスケッチしませんか (講談社プラスアルファ文庫)
永沢 まこと
講談社 2003-08

by G-Tools

線で描く
絵を描くことは子どものころから得意でしたし、大好きでした。見たものをそのとおりに描くことはそれほど苦もなくできました。プロの絵描きになるというような夢は子どものときだけでしたが、(それでも生活のために働く必要がいっさいないといわれたら、絵描きになっていたかもしれません)絵を描くこと自身は、ずっと好きでした。

仕事が変わり気持ちが変わったせいでしょうか、しばらく忘れていた絵をもう一度描いてみようか、と考えていたときに出会ったのがこの本でした。著者は世界中を旅し、耐水性のペンと透明水彩で出会った景色や人々の姿を描いています。「線」にこだわって絵を描いてきたと彼はいいます。

彼があえて鉛筆を使わずペンのみを使うのにはわけがあります。ペンは一度描くと直すことができません。デッサンが狂ってちょっとおかしくなることもあります。しかし、そこにはその場のリアルな感覚が生きており、たとえ「正しさ」はなくても絵がのびのびとしておもしろいものになるというのです。絵としての生きの良さがあるのでしょう。

線は非常に正直にその人のその時の精神状態を表すと著者は言っています。本書には著者がその描画法開眼となったニューヨークへの旅の経験談を中心に画材の選び方、絵の描き方についての説明も過不足なく入っています。しかし、それ以外にもとてもおもしろいと感じたのが、ゴッホについて書かれた部分でした。

ゴッホは幸せな画家
ゴッホは30代になってから画家を志し、生前はたった一枚の絵しか売れず、貧困の中で精神に異常をきたして亡くなったことから、「悲劇の画家」と一般には思われています。しかし、著者はゴッホの足跡をたどり、彼の絵の色の明るさとタッチを見つめていくうちに、ゴッホは画家としてはきわめて幸せな一生を送ったのではないか、と思うようになるのです。

ゴッホがオランダにいたときは暗く重い絵しか描いていません。しかし、画家になると決め、陽光を求めてフランスのアルルへ旅に出てからは、その絵はがらりと様相を変え、非常に明るく色彩が鮮やかになっていきます。ゴッホがアルルに滞在したのはわずか1年3ヶ月ですが、その間に油絵200点とデッサン数十点を残しています。実に驚異的な量です。

ゴッホはスケッチを描くように油絵を描いていったのではないか、と著者は述べています。大胆で激しいゴッホ独特のタッチは、こうした一発勝負とスピード感によるものだというのです。悲劇の画家といわれるゴッホ、しかし、著者はゴッホを「行きたいところに旅をし、思うぞんぶん絵を描いた幸せきわまりない画家だった」と考えているようです。

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