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2004年7月23日

道元という生き方

◇◆第42回◆◇

4393444116道元という生き方
立松 和平
春秋社 2003-11

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無常迅速
立松和平が道元について書いたエッセイをまとめた本です。立松は道元に惹かれ『正法眼蔵』を座右の書にしているといいます。2002年の道元七百五十年忌には道元を題材とした新作歌舞伎『道元の月』の台本を書き、現在、『月―小説道元禅師』を曹洞宗の総本山永平寺が発行する雑誌『傘松』に連載中です。

道元を歌舞伎にするとき、立松は困ったといいます。道元は仏道を究めることに邁進し、権力闘争や女性問題といった世俗的なネタがその生涯に全くないのです。53年の生涯を、彼はひたすら修行に打ち込みました。彼の教えの根本には”無常迅速”があります。

得がたき人の身を得てこの世に生まれ、仏法とめぐり合ったのであるから、何をさておいても、寸暇をおしんで仏道修行に打ち込むべし、というのです。仏道というのが今ひとつぴんとこないという人には、これを「自分が人としてやるべき最も大事なこと」と読みかえれば、道元が言っていることの意味がわかるのでは、と思います。

真摯に学ぶ姿勢
立松は仏教を学ぶために宋へ渡った道元の姿勢をこう書いています。
――いったいに、現代の私たちは学ぼうという姿勢が、たとえば道元にくらべて希薄である。道元にとっては命をながらえるより、学道をすることのほうが何倍も重要であった。この学ぼうとする強い意思こそが、現代に生きる私たちが学ぶべきことではないだろうか。

私たちはあまりにも多くのものに囚われすぎています。日々の生活に、雑事に、あれこれどうでもいいようなこと、見栄やらつきあいやら、そして怠け心、明日も明後日もあるというのんきな心構え…。道元が繰り返し述べているのはそういうものから離れろということです。そういうわけにはいかない、とほとんどの人が言うことでしょう。もちろん私もそのひとりですが。

絶対自由の境地を求めて
道元が説いていることは大変厳しい生き方です。そして道元自身がそのように生きました。立松は道元の生き方をこう読み取ります。
――道元は絶対自由の境地を求めていたことがわかる。何事にもとらわれず、何事にもへつらうことはなく、その境地でこそ本当の真理を得ることができるという覚悟である。そして、道元は実際そのように生きたのだ。静かなのだが、なんとも過激な人物ではないか。

立松は道元の生き方にはるかな憧れを抱いてやまないといいます。道元のような生き方は誰しもできるものではありません。しかし、それだけに世俗のしがらみに囚われている人間には遙かな道しるべとして、光を放つ存在であり続けるのでしょう。

現代文訳 正法眼蔵 1 (河出文庫)
現代文訳 正法眼蔵 1 (河出文庫)
道元 石井 恭二

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